小1 母の内職を届ける
小岩に引っ越してから、母は縫い物の内職をしていた。
スカートの裾やボタン付けなど服の仕上げを手縫いでやっていた。
ある日、
「急ぎの仕事があるから、マーちゃん、お母さんの代わりに服を届けに行ってくれない?帰りは駄菓子屋で好きなもの買ってきていいから」と母に言われ、風呂敷包みを抱えて、教えてもらった住所まで持っていくことになった。
どのくらいの距離を歩いたのか覚えていないが、かなり長く歩いた気がする。中の服がシワになったら大変だから、風呂敷包みは両腕に抱えなくてはいけなかった。風呂敷の中には何枚ものウールのスカートが入っていたからそれなりに重さもあった。
・・・・・・・
「お母さんの代わりに持ってきてくれたのか、ご苦労さんだったね。じゃここにハンコ押してね」
「え? ハンコ? お母さん何も言ってなかった」
「そうか。じゃあ拇印でいいか。ここに押してちょうだい」と言って、おじさんは私の親指を朱肉につけて、紙に押しつけた。そして、チリ紙で指先をふいてくれた。
そして、お札が入っている封筒を私は受け取った。
「お母さんによろしくね」
「はい」
拇印を押したこと、お金を受け取ったことで、私の任務は無事終了した。
小学一年生の子どもの拇印でもよかったのだ。
帰りは約束通りに駄菓子屋に寄った。
そこはお菓子だけでなく、安いおもちゃのようなものもたくさん売っていた。お母さんは好きなもの買っていいと言った。
何を買うか迷っていると、小さなプラスチックの容器に入っている十円の赤いマニキュアを見つけた。その瞬間、お菓子を食べる楽しみよりも爪に塗りたい気持ちが強くなった。
そのマニキュアを買ってウキウキしながら歩いたが、家に帰る前に爪に塗りたくなった。
道端に座ってマニキュアの入れ物のフタを取って、左手の爪全部に真っ赤なマニキュアを塗った。
「・・・わー!きれいー、お母さんなんて言うかなー・・・」
右手の指は家に帰ってからゆっくりやらないと塗れないので、そこまでにしてフタを閉めた。
早く乾くように左手を大きく振って歩き出した。マニキュアは大事に服のポケットにしまった。
家に着くとお母さんが
「・・どうしたの?・・その目」と言った。
「え?」
鏡で見ると両目が赤く大きく腫れている。
・・・だんだん痛くなってきた。
・・・マニキュアだ。マニキュアにかぶれたんだ、とすぐわかった。
駄菓子屋で買ったことを母に話すと、
「早く水で目を洗いなさい。十円のマニキュアなんてダメに決まってるでしょ。ただでさえ草にかぶれるのに、そんなもの買って!」
とすごく怒られてしまった。
右手の指に塗ることはあきらめて、マニキュアはそのまま捨てた。
左手もすぐに除光液で落とされてしまった。
きれいだったのになあ。