雪なるもの
私の住まう地域では、雪なんてものはレア気象で、まず降ってこないし降ったとしても積もらない。
そもそも瀬戸内海式気候のため、夏は暑いが雨が少なく、冬は乾燥するものの、最高気温は氷点下までまあ下がらない。台風もあまり直撃しない。
つまり何が言いたいかというと、雪はオリンピック並みの頻度でしか降らないということだ。
しかしここ最近の異次元の寒さにより雪がちらつき始めている。昨日なんか雪が舞っていたし今朝は若干(数mmほどだろうが)積もっている。まあ昼には溶けるものではあるが。
小学生の頃、雪が少しでも降れば「雪や!」と友人と帰り道に雪を捕まえようと飛び跳ねまくっていたし、たまに雪が積もったとき(それも義務教育期間中2度しかなかったが)は、午前中の授業が雪遊びに変更になって、給食の時間まで校庭で遊んだものだった。
中学生になってからは雪が降ったのも積もったのも中学3年の時だけだった。受験を控え午前中のみで学校が終わった日、帰りながら小さな雪玉を作っていた。
高校生で雪にお目にかかったのはセンター試験2日目の夜とその翌日。雪の日に自転車に乗る時の心構えをこの地域でも北の方の、山間の町に住む友人から聞いていたがマトモには聞いていなかったので、思いっきりスリップした––––大惨事には至らなかったが。それを見ていた男子中学生がその後割と盛大にこけた。(つまりみんな雪に慣れていないのだ)
大学では瀬戸内海式気候に属してはいるものの、雪が舞い積もる地域に下宿していた。氷点下になる時もあった。山々した所に住んでいたため、気温によっては路面凍結で道路が封鎖されるらしいと聞いていた。
歳を経るごとに、雪を見てもあまり喜ばなくなった。雪の降る地方を通る電車は遅れ、寒さのために通勤や通学も一苦労し、凍れば陸の孤島になる危険もあった。雪を見ても「雪か…」とうんざりするようになっていった。
大学4年の11月、オーロラを見るためにフィンランドに出かけた。勿論北極圏である。太陽は待てど暮らせど顔を出さず、午前中なのに夕方のような暗さである。当然雪は降るとか積もるとかの次元ではなく、「そこに在った」。自分の人生の中で今まで見てきた雪の総量を遥かに超える雪が眼前に広がっていた。
川が凍っているとか、池が凍っているとかの現象も人生初めてである。そもそも気温が11月で氷点下、という現実に頭が追いついていなかった。
そんな瀬戸内海式気候人間が北極圏に行くとどうなるか。
まず雪に埋もれる。
雪の中の歩き方がぎごちない。
雪に足を取られてこける。
雪に体が半分以上埋まった時の脱出方法がわからない。
トナカイ目撃する。
一面真っ白すぎて距離感がうまく取れない。
目がチカチカする。
恐る恐る凍った池(っぽい)ところに乗ってみる。
誰も触っていない雪を固めて投げてみる。
全力で雪に振り回されていた。「雪や!」の頃に頭の中は戻っていた。雪量的には「雪や!」を超えていて「雪や!!!!」くらいだったのだが。
国立公園の山の上。辺り一面が雪の中、雪を人生で一番満喫していた。(頂上付近で木々がないこと、雪に覆われた山であることもまた人生で初めてであった)
帰国後、11月の暖かさに驚き、改めて瀬戸内海式気候に戻ってきたのだと実感した。
昔はどんなことでもテンションが上がり珍しいものを追っかけていられるだけの余裕があったが、日々のことに追われ毎日の生活を続けていくうちに雪を見ても「雪や!」と思わなくなっていってしまった。
そんな感じで昔抱いた感情の動きを忘れてしまったものは多いのではないか。
そんな「雪なるもの」を見失わずに明日も明後日も生きていけるのだろうか。
明日雪が降るかどうかは分からない。
ただ、明日は雪が降ってもテンション上げ目でいこうと思う。
#エッセー #エッセイ #雪 #画像は例のフィンランドで撮ってきた山頂
現在無職。文章を書いたり、何か面白そうなアイデアを出したりして、誰かの人生が豊かになれば良いなと思っている。