イトシキミ
”尊い”
最近この言葉が似合っている気がする。好きとか愛しているとかそういうのを超えた先にある尊さを感じる。食べちゃいたいくらいに尊い。これは一体なんという感情なんだろうか。分からないや。
好きってなんなのか、結婚ってなんなのか、幸せってなんなのか、もう考えすぎて分からなくなった。
私は振り返ることにした。この数年間で一体なにがあったのか。1番大きい出来事はこれだ、片付けられない私に怒ることなく、片付けられるように変えてみせてくれたことだ。私だったらなんで片付けられないのってひとこと強く言ってしまいそうな気がする。それでも根気強く待ってくれた、私は変わることが出来た。今でも独りが続くと片付けられない私だけれど、だけど、人並みの綺麗さを保てる人間になることはできた。人生において、こんなに変われることは後にも先にもないだろう、そういうくらいに私の中で大きい出来事だった。ありがとうございます。逆に、相手が変わったことはあっただろうかと最近ふと考えてみた。名前を呼んでドキドキしなくなったとか、私に対する劣等感がなくなったとか、洗濯回せるようになったとか小さいかもしれないけれど少しは成長しあえたのかなと思う。私は何かをしてあげられたぞという程、彼に何をすることもできなかった。他にも私は彼から信頼するということを教えてもらった。誰かを信じることが怖かった私を変えてくれた。ああ、もうこの人に裏切られたんならもう仕方ないだろうと思うほどに、私は彼のことを信頼している。
たくさんの、何事にも代えられないものを彼からはもらいました。こう、綴っている間にも涙が止まらないくらい、もらったものがあまりにも多すぎて困ります。ここまでして、私はどうしたいのかもわからないです。でも、お互い”今”未来を考えられないのなら私は離れるという選択しか残っていないようにおもいます。”今”の私が未来を考えないことも考えたけど、無理でした。同期のエンジニアくんが育休&フルリモートに入る中、未来を考えずに今を楽しむのは無理でした。同期が結婚しているなか、結婚願望がそもそも強い私が何も考えないのは無理でした。
本当に未来を”2人で”考えていたら、今頃同棲の話とかいつかの話とか出てきているんだろうなと思います。私も本当にその未来が見えていたら、2、3年後の話をもっと楽しく話していたのかな。ごめんなさい。嫌なことばかりみえてしまって、もうどうしようもなくなってしまった。とりかえしのつかないくらいに妄想してしまった。
直感で、違うと思っている時点でやっぱりおかしいと思う。このままではいけないだろうなと思う。気付きたくないし、見たくもない現実だけど、それが今の私たちなんだと思う。ただ、大好きという感情だけは暴走しているけれど。
戻れるのなら、いい未来がきていたのかな。でも、もう、私は、20代で結婚がしたいし、子供もほしい。今、未来の話が、したい、それが全てでした。
ああ、結婚できた時は
RADのバージンロードを聴いて、泣こう。