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フランクフルトのクリスマスマーケット と「メルヘンの世界」
令和の世になって、完全に消えてしまった言葉…、「メルヘン」という言葉もその1つではないでしょうか。
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振り返れば、昭和の少女たちは「メルヘン」に飢えていました。キャラクターグッズのない70年代に姿を現した「イチゴ柄グッズ」。イチゴ柄のガラスのティーカップは、何としても手に入れたい逸品でした。
小さいレモンがついたピンどめやテントウムシのブローチ…、素朴なモチーフの名もなきグッズは、昭和の少女を萌えさせました。
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サンリオ(1号店は1971年)から、パティ&ジミィやハローキティが登場するのはその直後のことです。70年代のサンリオにはガラスケースに入れて売られる「ミニチュアの世界」がありました。
ほうきやバケツ、鍋や食器などをかたどった商品は、集める以外に“使い道”はありませんでした。今の時代なら「そんなもん、作ってどうする」と却下されそうな企画の商品ばかりです。けれども、どれも、作り手の思いのこもったメルヘングッズでした。
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逆に言えば、令和の今は「ヒット商品狙い」の、商業主義に強く傾斜した時代になってしまったと言えます。「売らんかな」の世の中で、子どもたちに夢を与える「メルヘン」という価値は息も絶え絶えです…。
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日本では消えゆく「メルヘン」ですが、ドイツでは健在であることを知りました。この冬、私はドイツ在住の娘に誘われ、フランクフルトのレーマー広場を訪れました。
ドイツではこの時期、あちこちにクリスマスマーケットが立ちますが、ここレーマー広場の賑わいも佳境に入っていました。その中に「行列ができる店」がありました。クリスマスのオーナメントを販売する店です。
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入場規制が敷かれる中で、寒さに耐えながらも待ち続けること20分。ようやく開かれた扉の中に足を踏み入れると、確かにそこは私が探し求めていた「メルヘンの世界」が広がっていました。
あまり広くはない店内ですが、手作りのクリスマスのオーナメントがぎっしりと飾られています。中には1つ20ユーロ(約3200円)、30ユーロ(約4800円)もするオーナメントもあります。小さな手作りのグッズは、ごっそりとたくさん買うのではなく、ひとつひとつ吟味して、出会いを楽しみながら買い物します。
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地元の3歳ぐらいの男の子が選んだのは、たった1つのお馬さんのオーナメントでした。数々のきらめくオーナメントの中から、自分が欲しいと思う商品を1つに絞り込んだ男の子はとても立派で、またそういう買い物をさせた母親も立派だと思いました。
そのオーナメントは、恐らくこの子にとって生涯のオーナメントになるのだと思います。
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ここに売られているのは、「瞬間的な消費」のための商品ではなく、一生、その思い出とともに大事にできるような作品ばかりです。そして売る側もじっくりと選んでもらうために、入場規制をしながら出会いの空間を提供しています。
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私はクリスマス期間にだけできるこのお店を、密かに“メルヘンの小屋”と呼ぶことにしました。ちなみに「メルヘン」はドイツ語で「おとぎ話」の意味です。
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実はここで売られている商品の一部は、かつて東京・高輪に存在したクリスマスショップ「プリンセスガルデン」で扱われていました。今から数十年前に私がここで買った「くるみ割り人形」や「雪だるま」は、今でもまったく同じデザインで“メルヘンの小屋”でも売られていました。
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流行に左右されない、定番の商品が持つ「息の長さ」もすごいです。買い手は常に目先の変わった物を追いかけているわけでもなし、作り手もヒットを狙っているわけでもない…。
私たちの想像も及ばない価値観で作り手と買い手が響き合う、そんな空間をこの“メルヘンの小屋”に見たのでした。(おしまい)