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ガラス箱に入ったシュレディンガーの猫は絶対に死なない?

シュレディンガーの猫という思考実験をご存知だと思いますが一応説明すると。猫を殺すという現実には絶対に許されない実験ですが、思考実験なのでお許しを。死のトリガーを引くのは放射性同位元素です。放射性同位元素は放射線を放出して崩壊し別の元素に変わります。この元素の原子1個を用意します。原子が崩壊すると放射線を出し、検出器が反応します。検出器からの電気信号がハンマーを動かし青酸ガスの入った瓶を壊します。そばには猫がいてガスをすって死ぬという残酷な思考実験です。放射性同位元素にはご存知のように半減期があります。崩壊する確率が1/2になる時間です。通常語られるシュレディンガーの猫は実験系全体が箱に収まっていて、半減期の時刻にシュレディンガー博士が、どれどれと言って箱の蓋を開けて猫の生死を確かめるというものです。
私は実験系全体がガラスの箱に入っていてシュレディンガー博士が実験の最初から猫を眺めていたらどうなるかを考えてみました。箱無しにせずにガラス箱にしたのはシュレディンガー博士を殺さないためです(笑)。すると猫は絶対に死なない???

まず時刻tの原子の状態を考えます。量子力学では原子を崩壊していない状態(これを|非崩壊>と書くことにします)と崩壊した状態(同様に|崩壊>とする)の結合した状態として表します。

|原子の状態> = C0(t)|非崩壊> + C1(t)|崩壊>

ここが量子力学の最も奇妙なところでです。日常的な常識からすれば、いつ崩壊するか分からないとしてもある時間tではどちらか片方の状態のはずだと考えますが、量子力学はそうでないことを教えます。多数回の実験をすると、|非崩壊>と|崩壊>の前についている係数C0(t)、C1(t)の二乗がそれぞれ崩壊しいない状態と崩壊した状態が観測される確率となります。当然全確率は1ですから、
|C0(t)|^2 + |C1(t)|^2 = 1

ただし量子力学は多数回の実験だけに関する統計的な法則ではなく、1回の実験でもこの状態間の結合は成り立っていると考えます。この考えが正しいことは複数の状態が関わる実際の量子力学的実験で確かめられていています。
実験開始直後は用意した原子は崩壊していませんから|C0(0)|^2 = 1、|C1(0)|^2 = 0、つまり
|原子の状態> = |非崩壊>

これも後々議論を呼ぶこになります。時間とともに徐々に|C0(t)|^2は減少しいずれゼロになり、一方|C1(t)|^2は1に近づきます。
検出器、ハンマー、青酸ガスの入った瓶、猫も素粒子からできています。従って量子力学の対象であることからは逃れることはできません。
猫が生きている状態を検出器から猫までを含めて
|猫生>
死んでいる状態を
|猫死>
で表すことにします。従って原子まで含めた猫が生きている状態は
|非崩壊>|猫生>
死んでいる状態は
|崩壊>|猫死>
となります。|崩壊>|猫生>や|非崩壊>|猫死>はあり得ないので、実験系全体の状態は
|実験系の状態> = C0(t)|非崩壊>|猫生> + C1(t)|崩壊>|猫死>

生と死の重ね合わせの状態というのはかなり奇妙ではありますが、測定装置や猫にも量子力学が成り立つとしたら系の時間発展はシュレディンガー方程式に従い、C0(t)、C1(t)は連続に滑らかに変化し片方の状態がある時間に突然消えるということは絶対にあり得ません。とりあえず蓋を開けるまではこの結合状態が続くと考えましょう。
ここで問題となるのがシュレディンガー博士が蓋を開けて猫の生死を確認した状態です。シュレディンガー博士も素粒子からできているので量子力学から逃れられないとすれば、彼が猫が生きていることを確認した状態は
|生を確認>
不幸にも(?)彼が猫の死を確認した状態は
|死を確認>
従って原子からシュレディンガー博士までの全体の系の状態は
|全体系> = C0(t)|非崩壊>|猫生>|生を確認> + C1(t)|崩壊>|猫死>|死を確認>
となります。

半減期にシュレディンガー博士が蓋を開けて猫の生死を確認すると猫が生きている状態と死んでいる状態が半々に混ざった状態が観測される?そんなはずはないですね。シュレディンガー博士は生きているか死んでいるかのどちらか一方を見るはずです。この「観測」と量子力学の原理との折り合いをつけるため、量子力学の創始者の一人のボーアは「観測」によって複数ある状態はそのうちの1つに収束すると見做しました。ボーアが所属した研究機関の所在地の名をとってこの解釈は「コペンハーゲン解釈」と呼ばれています。どの状態に収束するかはあらかじめ決まっておらず、観測の瞬間に全くの偶然によって決まり、多数回の実験をすると生きてる確率が|C0(t)|^2となります。しかし、人間が観測する行為には量子力学の時間発展法則は通用しないのでしょうか。

ところで、シュレディンガー博士が蓋を開けた時、猫がが生きていれば原子は崩壊状態になかったことは確実ですから原子の状態は

|原子の状態> = |非崩壊>

であり、実験の最初の状態に戻ったことになります。「観測」によって線形結合していた|崩壊>の状態は消えて|非崩壊>の状態だけに「収束」したことになります。実験開始後すぐに蓋を開ければ原子が崩壊してない確率は高いはずです。また蓋を閉めれば、

|原子の状態> = C0(t)|非崩壊> + C1(t)|崩壊>

の結合状態が始まります。これを頻繁に繰り返せば、猫は生き続けることにならないでしょうか。これを「量子ゼノン効果」と言います。繰り返しの極限として猫をガラスの箱に入れれば連続的な「観測」となり、猫は死なない。

猫は絶対に死なない。ただし観測者が見ている限り。

でもそんなことはあり得ないですね。ガラス箱に入れられた猫はある時突然死ぬのをシュレディンガー博士は目撃するでしょう。しかし、|非崩壊>に収束していた状態が突然へ|崩壊>へ収束した状態へ飛ぶのでしょうか。「現代的コペンハーゲン解釈」をベースに堀田昌寛氏は矛盾は無いと説明しています。測定器から観測者までを含めた量子系の状態が原子の状態に影響を与えないなら猫は死ぬということらしいです。ちょっと難しい本で私もよく理解できてませんがご参考に1)。

「コペンハーゲン解釈」から数十年後に提唱されたのが「多世界解釈」です。「多世界解釈」ではシュレディンガー博士が猫を観測することまで含めた量子状態は生と死の結合状態もままで問題ないというものです。私は「多世界解釈」は全てに量子力学の原理が適用でき現実の観測との間にも矛盾はなく妥当な解釈であると考えますが、これに関してはいずれまたの機会に。

1)堀田昌寛 「量子情報と時空の物理」[第2版] サイエンス社

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