氷笑卿の手記
■月■日
久方ぶりにドラウスに会う。壮健で何より。一族を事実上背負う男である、そうであってもらわねばならない。
しかしドラルクに甘すぎるのは相変わらず。あのか弱い子をあのまま甘やかしていては、人間との戦いになった時にどうするのか。火蓋はいつでも切られうる。御真祖様の指からもすり抜けるものはある。
熟思の末、ドラルクを一時預かることとした。
吸血鬼としての生き方を教えるのは、ある意味、私が最も向いているだろう。
ドラルクは体こそ弱いが、ドラウスの血、古き竜の血を受け継いでいる。
修行さえすれば、身を守る能力にも目覚めるだろう。
ドラルクの身、ひいては行く末を預かるのである。
良き師にならねばならぬ。
■月■日
ドラルクを我が屋敷に迎えた。
物珍しいのか、こまねずみのように屋敷中をうろちょろする。そしてけっつまづいて死ぬ。
分かってはいたがいざ近くで目の当たりにすると、幼子の塵になるさま、心胆を寒からしむる。ドラウスの心労と甘さの理由が初日にして分かった。
だが私は厳しく吸血鬼のあり方をドラルクに教えねばならない。あの塵が再生せず風に散ってしまう夜が来ないように。
・屋敷を常に暖かく保つこと。
■月■日
ドラルクの初の授業。
こんなにうまくいかないものか?私のやり方が悪いのだろうか?
確かに私のやり方が悪いに違いない。ドラルクには才があるはずだ。もっと段階を踏んで教える必要がある。
念動力の使い方は私にとって既に手足の動作に近い。分解して教えるのは難しいが、逆に考えれば、ドラルクも一度飲み込みさえすればうまくこなすに違いない。
■月■日
催眠術を覚えたがらないのは性根がドラウスに似て、よく言えば優しい、悪く言えば甘いからか。他人を操ることに拒否反応を覚えているのかもしれぬ。人間を操ることは我々にとって必要であり、必要でなくとも罪悪などと考えることすら馬鹿馬鹿しいことである。ドラルクにうまく伝えねばならない。
■月■日
・コウモリのイメージのため 詳細な図解を用意すること
・クッションを用意すること
■月■日
座学についてはよく褒めること。
それ以外をどうしろと?私では師として力不足だったのか?なぜ何度やってもイモムシになるのか?イモムシが好きなのか?イモムシになった後に死なないと元に戻れないというのはどういうわけだ?ドラルクは全く気にもとめないが、幼子であったイモムシを枝で突いて塵にするなどということを強いられる私の身にも
(以下なぐり書きのイモムシの絵)
冷静であるように務める。私は必ずドラルクを一人前に育ててみせる。それが今の私の責務であり、ドラウスに誓ったことである。
■月■日
今夜のことをどう書けばいいだろう!! 塵に帰る思いであった!! しかし同時に道も開けた。なんたる弟子を持ったものか! ドラウスと我らが御真祖様の血である、私が一人前に“する”などとは思い上がりであった。私がなすべきことは、ドラルクが危険な道に足を踏み入れそうになったときに引き戻すことである。ドラルクは自ら道を選ぶ者であった。
悪魔祓いが私の屋敷に現れた。ドラルクを一人にしたのは私の落ち度であり、悪魔祓いに屋敷を突き止められたのも私の落ち度だ。思い返してもまだこの冷えた血がさらに凍る心持ちである。
だが、悪魔祓いを迎え入れたのはドラルクである。
悪魔祓いを迎え入れるなと教えなかった私の落ち度か?
そもそもなぜ悪魔祓いが夜に、正門から堂々と入ってきたのか。昼間に来たなら対処はいくらでもあったものを。我々と問答でもするつもりであったのか。
しかし、ドラルクは悪魔祓いをまさしく懐柔し、牙を抜いてしまった!杭を折ってやったと言う方が正しいだろうか?
あのモジャモジャ頭の悪魔祓いが行儀よく椅子に座ってクッキーを食べていた時の私の気持ちを誰に、どう教えてやろうか?
(以下、何かモジャモジャしたものの絵)
ドラルクには能力がある。弱いという、誰にも負けぬ能力だ。
今後の授業は今までより実りのあるものになるだろう。そして今までより面白くもありそうである。
全く、今の心情をどう書いていいか分からない。疲れたし、肝は冷えたし、喜びもある。
ともかく、近いうちにこの屋敷は引き払わねば。
村人の記憶も拭っておく。
悪魔祓いに知られた場所は捨てるべきである。
■月■日
ドラウスに先夜のことを話すべきか迷ったが、結局話した。息子の成長に喜びつつ恐怖のあまり気絶していた。話すべきではなかっただろうか…
(しばらくドラルクとの暮らしについての記述が続く。所々料理についてのメモあり。いくつかのドラウスとの手紙のやり取り)
■月■日
あの悪魔祓いを見た。
ぼろをまとい、杭も持たず、やつれていたが、確かにあの男であった。
ドラルクのために市へ出た時である。
あの男はパンを買おうとしていたようだったのだが、店の主と何事かしばらく話した後、追い払われていた。あの男は、何も買えなかったにもかかわらず、店主に頭を下げてから去っていった。
店主に軽く魅了をかけ、あの男について喋らせた。
曰く、自分は教会を追われた身であるが、パンを売ってもらうことはできるか、と尋ねてきたという。そんなことを言うのは「いかれ」だと店主は笑った。
信じがたいが、あの男は本当に教会に真実とやらを問うたのである。
そしてその結果、ああしてぼろを着て彷徨っているのだ。
それにしても、教会を追われたなどと、いちいち打ち明ける必要などあるまい。
私の屋敷に真っ向から来た時もそうだ。愚かである。
嘘をつけばよい。黙っておけばよい。卑劣になればよい。それが人間の性である。
嘘をつかない人間がいるのか。
あの男は雑踏に消えた。行方は知れない。
あの男について思ったことがあったが、紙に記すためのうまい言葉が思いつかなかった。
(またしばらくドラルクとの生活についての記述。時折ドラルクの料理についての感想とメモ。ドラウスとの手紙。)
■月■日
不愉快な夜である。
ミミズクが窓に来た。
足に紙片を結びつけたミミズクである。
紙には下劣な字でこうあった。「親愛なるノースディン 旅の途中で君が面白がりそうなものを見つけたよ Y」
紙は即座に破り捨てたが、ミミズクは私を見つめている。
ミミズクに罪はない。この世の全ての罪はこの手紙の差出人にある。
あの下劣な男の思惑に乗るのは虫酸が走るが、奴がわざわざ「面白がりそうなもの」などと言うものを放置するのもまずかろう。
これを書いたらミミズクの後を追ってゆくつもりだ。
あの下劣漢を殴ってから帰ってくることとしよう。
***
ノースディン:起きたことが信じられない。
ノースディン:あの夜の悪魔祓いが、あの愚かな悪魔祓いが、かつての私の屋敷へと訪れていた。
ノースディン:市場で見た時よりさらにやせ衰え、ぼろを着て杖をつくさまは、私よりよほど死の匂いがした。
ノースディン:その男が、立っているのもやっとといった男が、吸血鬼を庇った。
ノースディン:野犬に噛みつかれ、傷まみれになり、瀕死になって、悪魔祓いが悪魔を庇った。
ノースディン:愚かである。逃げれば良い。見捨てれば良い。相手は悪魔だ、何の咎めもない。罰など下ろうはずもない。
ノースディン:ああ。
ノースディン:嘘をつかぬ。偽らぬ。この男は、神に問い、己に問い、それに殉じた。最後まで、けして卑劣でなかった。
ノースディン:高潔だ。
これこそが、まことに善なるものだ。
ノースディン:そのようなものが、
人間であってはならない。
***
【手記】
(乱れた筆跡。数行判読不能)
失敗した。しくじった。あの下劣な男の邪魔のせいだ。いや違う。私がしくじった。ドラウスの血を受けながら私がしくじった。なんたるざまだ。
なぜだ。私が善きものではないからか。私の手が氷と血にまみれているからか。
ふざけるな。そのようなことは断じて許さぬ。私が許さぬ。
私がしくじった。この私が!!
(以下、ぐしゃぐしゃの書き殴り)
ドアを開けたらドラルクがスネを蹴ってきた。ドラルクは反動で死んだ。ならやるなと言うに。
少し落ち着いた。久しぶりに吹雪にしてしまった。ドラルクが冷えて死んでは困る。
身は吸血鬼へと変じはしたが、あの男は目覚めなかった。私の力が至らなかったか、変じる前に死んでしまったか、他の要因かは分からない。
棺は教会へと置いた。
最後まで殉じたもののところへ帰るがいい、善なるものよ。
***
氷笑卿の手記(iPhone版)
■月■日
一生分の笑点のテーマを聞いた。
200年近くも変わらず愚かで、弱くて、強い弟子よ!お前は
(ここで文字が途切れる)
ドラルク:もしもし天ぷらあがりました、ドラルクです。ちょっと思い当たったことがあったのでわざわざこのドラルクが歩くジャンボ歯ブラシにお話してあげようという、まーなんという優しい気遣い、これにはジョンも拍手喝采
◯:ヌチヌチヌチ
ドラルク:超昔、私が悪魔祓いの人を懐柔せしめたことがあったでしょう。あの人うちに来たんですけど。
ドラルク:話が見えない?Zoffで老眼鏡でも作ってこいハゲ
ドラルク:この前事務所に来客がありましてね、それがびっくり、その悪魔祓いの人だったんですよ。ズタボロボンボンだわ、言葉は古いわでどうしたこりゃと思ったら、さっきまで19世紀の欧州にいたのに気づいたらここにいたって言うじゃないですか。
ドラルク:数奇なこともあるもんだと、私が、まあ大体私が、ロナ造とかそのほか色々を遠隔操作して実質私が、色々取り計らってあげましたのですが、
ドラルク:今思い当たりましたが、あの人、
ドラルク:ああ!?お返事はどうしたクソヒゲ!!アアーーッお行儀が悪いですよォ~~~!!ピッピロピーそのセンター分けモーゼみたいに真っ二つに禿げろバーカ
◯ヌーヌ
***
ノースディン:バカな!!
ノースディン:なぜだ?なぜ今になって?というか、なぜあの町に!?クソッ、あの町は何なんだ!!あそこだけ何かしらの法則が狂ってるだろうが!!!
~新横浜~
クラージィ:ハイ、モウスグ着ク、シマス。ハイ、寒クナイデス。
クラージィ:寒ク、……!?ックシ!!
クラージィ:さ、寒い…!!急に何だこの冷気は!?これが噂に聞くクーラーなるもの……
ノースディン:………
クラージィ:………!! お前は……!!
クラージィ:……そうか…。やはり、あの日私の命をつなげたのはお前だったのだな。吹雪の…、いや、ノースディン。
クラージィ:私が聞くのもおかしな話だが…息災か?
ノースディン:……まあ。お陰様でね。
クラージィ:なら良かった。……礼を言わせてくれ、ノースディン。お前のおかげで、私はこうして、新たな生を得た。夜がどのような世界かを知った。
クラージィ:あの夜、私を救ってくれてありがとう。
ノースディン:……。
クラージィ:この町は不思議な町だ…。とんでもない町でもあるが…。吸血鬼と人間が友であれるとは。あの時からは考えられない。
クラージィ:私はこの町に来られて良かった。ここでなら、まだ、正しいことを考えて、その方向へ歩いていける。
クラージィ:ノースディン、お前も人と友として生きているのか?この町のように。
ノースディン:さて、知らんね。悪魔祓いの目にはどう映るかな…。
クラージィ:もう“悪魔祓い”ではない。ノースディン、お前がお前の善き道を歩むことを願っている。
クラージィ:それでは、私はこれで。
ノースディン:は?
クラージィ:これからヨシダサンのお宅でタコパなるものが催されるのだ。ヨシダサンは私が住む集合住宅のオトナリサンであり、そのもう一つオトナリサンのミキサンと一緒にタコパなるものを約束しているので、それを違えるわけにはいかないのだ。
クラージィ:ノースディン、お前に祝福のあらんことを。では。
***
ドラルク:げえっ急に雪が!!こうしてはおられん、ジョン!道行く雪に降られてる人を見ながらのんびり温かいお茶を飲むぞ!!
◯ヌン!!
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