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まんじフランケン
「はい、いらっしゃいまし、煙草は何をさし上げましょう、はいはい麻日の両切り、マッチはお持ちですか、そうですか小さいのをお負けしますよ、さあどうぞ」
「まだ何も云わねえよ盆暗、オレだよ」
「おや甚平さんめずらしい、お前が来ないとさむしくていけない、何処かへ行っていたのか」
「行かねえよ、毎んち来てんじゃねえか、おまえ何時から煙草屋んなって噺のご隠居気取ってんだ、それならここんとか甚平さんじゃねえ、八つぁんてんだ」
「なんだ金坊か、まあ上がって一服点けろ、ちょいと前に日高屋の莫さんが置いてったんだ、種なしでよチリチリっとしてやがる、悪くねえよほれやってみろ」
「おうごっつぉさん、それはいいがおめえ知ってっか、入谷の兄妹がよう」
「エレンとブルグがどうした」
「こんだ食堂を出したんだとよ」
「シオン料理だな、いいじゃねえか」
「あいつらフィフィのいじめに遭って追い詰められたとかよ、上手いこと立ち回ってこっちへやって来たろ、無論豪勢じゃねえが難民カードで気楽に暮らしてたんだがここへ来てロチルドの助太刀キャピタルから金が出る事んなって店を始めたんだとさ」
「だからいいじゃねえか、お前何か文句でもあんのか」
「ねえけどよう、あの兄妹ったら料理なんざからっきしだろ、そいでコックを雇いやがったってわけだ」
「あたりめえの話じゃねえか、ビーマンだってメルパチだって社長は免許を持たねえよ、操縦方は雇うんだ、東武電車の取締も運転士上がりなもんか、何か不満か」
「不満じゃねえけどよ、そのコックてえのがジュイさんなのは決まってるだろ、それが形りはでけえがまだ子供こどもした少年で優れて唐変木らしいんだ」
「日本人か」
「ドイツ人」
「何おっ、外人に唐変木の認可がおりんのかよ」
「お上の許認可のこた知んねえが、立派にやられてるらしいぞ」
「どんなだ」
「フランケン博士の造作みてえ広大なデコいっぱいに逆まんじの焼ごてがあったてるらしい」
「シャレてやがんな」
「シャレで済むか」
「そうだな、てめえがどこの眷属だかわかんねえのかもな」
「ゲシュタポにでもめっかってみろ、強制連行、精密検査だ」
「何の検査だよ」
「頭」
「だいたいゲシュタポなんか日本にいんのか」
「いなけりゃドイツとは友好の仲だ、刑事の何もいろいろお互い様って付き合いなんだ、電話一本で専門家が駆けつけら」
「誰が電話すんだ」
「担当者だ、日本にゃ嫌んなるくれえ様々な担当者がうようよしてんだろ」
「誰に電話すんだ」
「向うの担当者だ」
「あっちにもうようよしてんだな」
「日本と違ってうようよしてるだけじゃねえ、あいつらゲロマンは細っけんだ、しじゅう様々調べごとに熱心でよ、頭がいいから勉強が得意だろ、ジュイさんほどじゃねえらしいがな」
「日本人よかいいか」
「何が」
「アタマ」
「馬鹿いえ、いいも悪いもオレたちゃハナから使わねえだろが」
「何を」
「あたま」
「そうよな、んな面倒なこたしねえ、てこたオレたちの方が上等ってわけだ」
「何が」
「頭」
「賢いな、ドイツへ亡命する気か」
「友好国だろ」
「いつの間にかよく勉強もしてやがる、止めやしねえドイツへ逃げろ、友好ったって広れえ国だ、やさぐれた地域もあらあな」
「メシの不味いとかやだ」
「じゃフランスにしろ」
「だからおまんまの駄目なとこはやだったろう、それにフラチンの奴ら馬鹿ぶってんが実は本もんで伝染するってはなしだ、やだ」
「中国でどうだ」
「人間はともかく食いもんは天国だ、文句ねえ」
「よし決まった、長げえこと世話んなったが、人間は何処へ行こうがそこは青山って云うだろ、うまくやれよ、タマにゃあ雌豚五六頭分の豚足でも送ってくれえな、あ、雄の耳もな、見送りは真っ平ご免さしてもらうよ、別れは苦手だ」
「へんてこな文句どこで教わったか知んねえが不気味がらせんな、でおめえ隠れて豚足喰らってたか、中華の出だな」
「そりゃ覚えがねえが日本人てのは半分くれえ中国人だろ」
「なるほど勉強家だ」
「どっちがだ」
「うるせえな、まどろっこしいこた云うな、話しの順が狂う、で発つのは今日か、明日にするかい」
「オレがかよ、何処へ」
「てめえの好むとこへ行きゃいい、オレの知ったことか」
「ずい分じゃねえか、いつの間にか人生ここ一番の分岐点に立ったらしいオレが歯を食いしばってんとこで、知らんぷりを決め込むのか」
「そこまでとは気が付かなかったが、どんな悩みがあった」
「ない」
「歯が痛てんじゃねえのか」
「痛たかねえ」
「大事とって医者へ診せろ、丈夫なつもりでいるってえといつの間にかどんどん血圧が上がるか下がるかだ」
「何を診せんだ」
「歯」
「誰に」
「花川戸の安田先生、魚にゃ滅法詳しいぞ、名医だ」
「魚あ」
「めずらしいだろ、なかなかいねえタイプだ、ついでに云っとくと先生猫が
好きで真っ白い子を女房にしている、牡だけどな、些細なこた気にしない大ざっぱな方でもある、ほら、さっさと行って みろ、マタタビを土産に提げてきゃ親切に診てくれる」
「魚の歯医者じゃねえのか」
「専門はな、それが魚類ってのはお足を知んねえだろ、いくらせっせと治しても払いがねえ、で止むなくヒトも診るってわけだ」
「やだ気が進まねえ」
「さっぱりしたいい先生だぞう、どんな出鱈目な歯だって骸骨の標本そっくり完璧に仕上げる、青びかりする純白の綺麗さったらまだ汚物を見ねえ下ろし立てのアメリカンスタンダードかと見紛うくれえだ」
「そんなに巧めえか」
「細けえことが嫌れえだろ、検査は省略、患者の口ん中を興味ねえって面で一瞥すっと、兼惣のでっけえメスを顔の前でチラチラさせながら、山本さんあなたも男だ、ここはひとおもいに総入れ歯をかましましょう、看護婦いるか、大至急拘束しろ、逃すな、全身麻酔だっ、とそんな颯爽とした魚屋だ」
「歯医者じゃねえの」
「そう思ってもらっても構わねえ」
「やっぱよす、そいつにゃ関わりたくねえ」
「気の小せい男だよ、安田先生は男好きだが、そういう敵前逃亡するようなケツの穴のせめえ男が尚好きなくせに、男らしく涙を隠して、ふん趣味じゃねえぜ、とキッパリした態度がとれる大将なんだぞ、それを張りボテみてえ街の魚屋でのそのそ歯医者なんざやらせて恥じねえ国家はその進退を天下に諮るのが腐っても真鯛ってもんだろ」
「オレあ真鰯でも腐ってねえ方を頼む」
「魚の話しじゃねえやい」
「ケツの穴の話か」
「そう、その中でも国家論のとこだ」
「そうだ、魚に歯医者の免状を出すなって話しだったな」
「そうよ、それが火種で国は長期に渡り紛糾する、で腐敗臭に悩んだ挙句鰯は渋々その進退を賭けた国民投票をのんだ、もう票の混ぜっ返しや漂白の余力もない、さあ国家開闢以来のガチンコだ」
「退と出たらどうなる」
「国の看板を降ろす」
「そんで」
「売る」
「何を」
「元日本だ、入れ札か競りか、エクス ジャパン今がお買い得お見逃しなく、と国際的に哨戒機でフィライヤーを撒く」
「一頭売り、丸でか」
「そりゃ客の注文だ、北海道の半身を下さいな、はいよ今道東がいいんですよ東っ側をお持ちなさい、うちは本州の下半身と九州をいただくわ山口と鹿児島は取っちゃって下さいね、へい承知致しました、あすこは誰も食べませんからね愛知はどうしましょう、そうねえ名古屋のところだけ抜いてもらおうかしら、という具合だ」
「売り上げは」
「国民皆で仲良く分けて解散する」
「それから」
「それぞれが好みの方面へ向かう、北インド諸島を無理を承知で捜しに行く者、ラップランドに乗り込み全裸で皿回しを決めたい者、中央アフリカへ先祖の墓参としかつめらしく申請しその実盗掘したい者、列島中お別れ会で騒々しくなるが仕方ない、暫くの辛抱だ」
「オレあ行くあてがない」
「新しい大家と交渉すんだな、人民カードを売ってもらうとか移民の鑑札を掠めるにはどうするとかな、終身懲役を頼んでのんびり安全に暮らすってのもいいな、ただ無期禁固はやめろ、いくらおめえが労働禁忌症でも厭きるらしい、それから酒煙草その他嗜好品遊戯薬品にオンナやオトコの趣味詳細は面倒がらず入所前にしっかり契約しとけ、後から注文入れっと何だかんだうるせえとよ」
「まだ誰とも知らねえ大家や収容所の素性に通じてんな」
「勉強家だ」
「よし禁固ってのを一人前頼もう、で、黙ってぽやっと笑ってりゃ入所できんのか」
「おまいさんは何とかなりそうな顔はしてるが倍率が高い、用意はしといた方がいい」
「何の」
「嘆願書」
「どんなだ」
「あたくし大家が廃業し行くあてもなく難渋しております、どうか単人房を一つお充てがい下さい、財産その他一式娘三人も込みで返金返却放棄証を添えて供託致しますので宜しく、そう書け」
「娘はない」
「じゃ息子」
「ない」
「女房でもいいや」
「ない」
「何にもねんだな、そんじゃご近所の毛並みのいいとこを見繕って納めます、としとけ」
「猫でもいいんだな」
「そりゃ新規の大家と相談だ」
「よし、じゃ書いてくれ、知っての通りオレあ無筆だ」
「困ったな、勉強家の玉に瑕でよ、オレも文字盲だ」
「電報屋へ頼みゃいい」
「馬鹿いえ、そんな背信行為が知れてみろ、只じゃすまねえ」
「そりゃサムだって商売だ、お足はとらあ」
「そうじゃねえ、裏書きがバレたらひでえぞって話しだ」
「誰に」
「ゲシュタポ」
「えっ」
「さっき電話一本でルフトハンザに跨がって助っ人に来たろ、忘れたか」
「おめえの話は内容がつかみにくい」
「何おう、ナイヨウガツカミニクイったか、脳みそある振りしやがって、どこで教わってきた」
「教わりゃしねえよ、話が複雑で難解だって云ってんだ」
「フクザツデナンカイーっ、どこで移された」
「何を」
「念仏」
「ネンブツーっ」
「おうよ、念仏だ、とてもまともな言葉じゃねえ、てめえは悪い宗教を患ったんだ」
「困ったな」
「安田先生に診せろ、懇意なんだろ」
「魚屋の歯医者だぞ、大体てめえが心安くしてるんじゃなかったかよ」
「どっちだっていいよ、手遅れになんねえうち急いで念仏の出ねえ歯にしてもらえ、多分治る」
「気が進まねえ」
「それじゃ嘆願書の方が進まねえ」
「ま、そいつは追々考えりゃいいや」
「そんならちいちい凄むなよ」
「凄んでんのはおめえじゃなかったか、どっちでもいいが思えば何時までもお向う半島とケンカしてる振りしてイチャイチャしてたって甲斐がねえ、ひとつこっちが折れてトンガラシもワサビもお宅さんが草分けでした、今まで突っ張らかった態度で申し訳なかった、と大人んなってよ、つまりそんな芸に出るくらいになりゃ安田先生の処遇だって改るかも知れねえ、それどころか今迄の詫びも入って何階級も特進てこともある、死刑囚が大統領に当る世の中だ」
「魚屋の歯医者が大統領に就任すんのか、見ごたえありそうだな」
「先生は死刑囚に任命されてねえからその目はうすい」
「それで」
「そうなりゃ国民投票は棚上げだ」
「うまくやったな」
「誰が」
「うまくやりやがった本人がだ」
「おめえの話はわからねえ」
「ほうら、てめえも患ってんじゃねえか」
「何に」
「知らねえ、そこはおまえさんの専門だ」
「何だかオレたち話の順が入れ替わってやしねえか、ともかくよ、国を売りに出さなくてすんだ、おめえも終身懲役を願い出る手間も省けた、日がな日高屋のチリチリでもふかして煙草売ってりゃいい」
「ヒダカヤねえ、ヒダカヤひだかやっと、うーん、やっぱり話しの行き来がグリハマってる気がすんなあ」
「莫さんとこだよお」
「あ、そうだ入谷の兄妹の話だったな」
「入谷あ」
「エレンとブルグがどうしたこうしたって話しだろ」
「ああ、あれね、奴等がどうした」
「そりゃおまえさんが話すとこだったと思うがどうだ」
「ふうん、それならそれでいいけどよ」
「忘れちまったか」
「ってわけでもねえけどな」
「面倒なら止してもいいぞ」
「何を」
「入谷の話し」
「はっはあ、おめえ、さてはエレンとブルグの動きを探ってんな」
「思い出したな」
「よし、おめえとオレの仲だ、ここだけの話だぞ、実はな、あの二人はただの関係じゃねえ、驚くな、兄妹だ」
「知ってらあ」
「そっかあ、馬鹿な面して調べがいき届いてやがる、お節介な野郎だ、よくない趣味を隠してんなあ」
「あいよ、そいからどうした」
「何とあいつら食堂を出したんだ」
「知ってる、どっかから金が出たんだろ、やつら料理を知んねんでコックを雇った」
「へえっ、そいで」
「やめろ」
「おう、それでだ、そのコックってのがフランケン製造の怪物みてえ縦長のでっけえデコでよ」
「そこへ逆まんじの焼ごてがあたってる、ドイツ人のくせして唐変木」
「何でも知ってやがんな、亀太郎、ド助平」
「それから」
「それっきり知らねえ」
「そんじゃ行ってみるか」
「あ、そうだ、おめえを誘いに来たんだった、まどろっこしいこと云いやがんで迷い子んなっちまったじゃねえか、それにしても莫さんとこの日高もんはなかなかだ、うっかりしてっとスコーンと持ってかれんなあ」
「よしと、又わかんなくなるめえに神輿を上げるぞ」
「ほらほら、向こうの黄色い髪の白い女が裸で横っ座り、コカコーラ片手にニッコリ笑ってんだろ、あの看板とこだ」
「妙な拵えだ」
「株主がジュダエアだろ、メリケン派閥ってこった」
「コカコーラってのはジュイさんのシマか」
「たぶんな、メリケン粉もどっさり使えってうるさそうだ」
「おそらくな」
「ごめんよ、やあやあエレブルの兄妹しばらく、今な金坊に聞いて食堂を見に来たとこなんだ、二人とも元気そうじゃないか、うんうん渡来人というものはそうじゃなくちゃいけない、おまえさん達は丈夫そうだがあの族の出にしちゃ頭の調子がハナから三下り半で心配をしていたんだ、しかし何だ、端っくれとはいえトロトロに腐ってもさすがはジュイさん、手前ども並みの馬鹿とは番付けが違う、なかなか出来ることじゃない、こんだムジンに当ったそうじゃないか、何、違う、助六カピタン、ふうんわしら年寄りにはむつかしい事は分からんが、ともかく金が入ってそれで浮かれとんであるくじゃなし、かたあく食堂を出す、うんいいことをした、ときにおまえさん寒くないのかい、若い女が素っ裸でニコニコしていちゃいくら老ぼれでもテレるじゃないか、腰巻もしないでクネクネしてると危ないよ、この辺は暇なテクノジョウがうろうろしているんだ、しかしいい体をしているねえ、わしゃ毛唐にビクンとしたこたないが、何だか使い古しの退役ナスビがもぞもぞしてきた、はっはっは、そりゃ冗談だが、おい、少しは困った顔をしないか、笑ってばかりで、どっかネジがゆるんでいるのか、どら見せてごらん締めてあげよう」
「また隠居のまねか、駄目だよコカコーラの看板に話しかけたってよ、店ん中へえってからしゃべろ」
「みろよあの子、じっとオレんこと見つめて動かねんだ、緊張さしちゃいけねえと思ってよ、爺さんの振りいした」
「まだバックリきてやがる、ほらあれあれ、奥につっ立ってるでけえのがコックだ」
「ごめんよ、やあやあエレブルの 兄妹、今な金坊に聞いて礼拝堂を見に来たとこなんだ、二人とも腰巻きくらいしたらどうだい、うんうん舶来人というものはそうじゃなくちゃいけない、おまえさん達は楽しそうだがあの族人らしく糸の調子がハナから二上り半で」
「おいおい何か見てしゃべろ、兄妹いねえじゃねえか、どっか出かけたかな」
「ああ、ほんとだあ、でっけえデコ助だ、おい見ろよ、何だか勇ましい印が焼いてあっぞ」
「そいつを見に来たんじゃねえか、ハーケンクロイツをよう」
「あっそうだった、なるほどなあ、そんな柄だ、うん、あれえ、左まんじじゃねえか、それにはすっかにもなってねえ、何だありゃ」
「あれま、ほんとだ、まるで寺だ」
「おいニイちゃんよ、なに涙ぐんでんだ、どしたいそのデコはよ」
「逆まんじ焼いてくれって頼んだらハンコ屋のやつほんとに逆まんじ彫ってあてたんだ、文句云ったら顔を傾げて鏡をご覧なさいって、どうしようこれじゃ親類に顔向けできないよ」
「国のお袋さんにゃ相談したのか」
「うんマミーは堪えきれないって声で笑ってた」
「おっかさんおまえの馬鹿とハンコ屋の裏表を許してくれたんだな」
「ちがうよ、マミーは変わり者なんだ」
「おっぱいデカいか」
「おじさん僕の話しきいてるの、マミーは云ったよ、生まれる前からおまえが馬鹿なのは知っていた、やってしまった事は仕方ないけれど有り難い、わたしはおまえを諦めますよ、そっちは魚が美味しいそうじゃないか、生でも平気で食べるんだってね、とてもまともじゃないよ、でもおまえも諦めなさい、慣れれば何てことないと思い込めばいいんだから、ってとこまで何とかクックッっと詰まったりしながらやっと話してから、気違い女みたいな声で笑ったよ」
「おめえのマミーってのか、いい感じじゃねえか、紹介しろ」
「金ちゃん、あんまりいじめんなよ」
「おいデコ、何でも助けてやろう、そのかしおっかさん紹介しろ」
「マミーはキッパリ、こうなったら頭を丸めてひと思いに仏教徒におなり、って云った途端にまた吹き出して、むせた振りしてたけどいくら遠距離親子電話だって笑いが止まらないのくらい判ったんです」
「見込んだ通りの年増だ、早く紹介しろいデクノボウめ」
「マミーはぶっといけれどやらか目の白っちゃけたやつでやってきてるでしょ、だから醤油くさい硬いだけのしょぼちんなんか、ケッ、エノキ野郎という考えらしいんです」
「ちくしょうめ、ますます燃えるなあ、東洋の快刀をお見舞いしてやろうじゃねえか」
「目え血走らせてねえで先にこの子を助けてやんなよ」
「そうだよおじさん、マミーの事はうまく話してみるから先ず僕にいい所を紹介してよ」
「何を」
「お寺」
「おう、観音さまの裏っ手に霊剣灼かなお稲荷さんがある、あすこにしろ、若っけえお巫女がひしめいてんだ、たまんねえぞ、連れてってやる」
「金ちゃん、お稲荷さんは寺じゃねえだろ」
「おんなしようなもんだ、デコ、おまえの面はモテるぞう、あの里じゃ馬鹿が上客だ、よし、お賽銭どっさり背負って繰り出すぞ」
「お寺って繰り出すところなの」
「ぺーいち引っ掛けて陽気に乗り込むとこだ、おめえ狐好きか」
「何の話し」
「狸よか狐が好きかって話だ」
「どっちも食べたことないや」
「食っちゃ狸がうめえだろうがそうじゃねえ、あすこの尼さん達ちゃ皆もともと狐憑きでそれを落とそうってんであのお稲荷さんへ送られたんだが、落ちても愉快だからそのまんま寄宿してるってわけだ」
「お巫女さんじゃないの」
「尼さんともいうんだ、斜め兵庫に逆さ播磨とかいうおっそろしく出鱈目な髷を結ってな、朱塗りのでっけえポックリ履いてよ、誰がおせえたんだか足が悪いんだか妙な足さばきで恥ずかし気もなくこれ見よがしに練り歩く、持ってかれる景色だぞお」
「比丘尼におぐしがあったかよ」
「カツラ」
「この子にあんまりいい加減いうんじゃねえよ」
「このおじさんの話しウソなの」
「確かに観音さまの裏っ手に帰えるのがやんなるくれえいーいとこがある、あるんだが、おまいさんを仏門に入れる手助けが出来っかは掛け合ってみねえことにゃわからねえ、だがよ、あんまり心配えすんな、お賽銭さえたっぷりあるってえと、てえげえのこた何とかなるとこだ、おめえなんざ若けえから精根尽き果てるほど面白え部落だ」
「お稲荷さんって部落民の里なの」
「おい煙草や、てめえだって適当なこと云ってんじゃねえか」
「誰が煙草やだい、豚足喰らいの猿唐人風情が生意気だ」
「おじさん達ケンカしないでよ、よそにあてもないし僕そのお稲荷さんへ行ってみるよ」
「よしきた、三人で散髪していい男んなってよ、おめえは坊さんにしてもらえ、あすこじゃえらく人気だ」
「おーい床屋あ、三人前だ、オレたちゃこれから仲だよ、もうウズウズしてきやがった、グズグズしねえで早いとこやっとくれ」
「ようがす、坊主一丁に刈り上げ七三ふた丁、へいおまっとさん」
「ああおどろいた、もう上がったか、早えったらねえなあ、おやじ」
「ええ女にもてたことがねんですよ、いいですねえ昼間っからご愉快ですか、お気をつけて行ってらっしゃいましよ」
「こんだ湯で小ざっぱりするぞ、こらーっ湯うやーっ、三匹だ、軽く湯がいとくれ、おっと綺麗どこの三助も三めえつけてくんねえ、お銚子も五六本まとめて湯舟へ浮かべとけ、早めの中つぎだ」
「いやあ体が軽くなりやがった、浮きウキってやつだ、急ぐぞお、おらおら観音がめえてきた」
「大きいですねえ、あれは誰のお家ですか」
「銀龍山ってやま」
「山なの」
「おうよ、この辺りを締めてる詐欺の親分ちだ」
「サギ」
「知らねえのか、ここはよ、〝困ってるんですか、それじゃいいことしてあげましょう、福の神や弥勒やらがわんさか舞い降りて来るようにね、そのかし持ってるお足はスッカリ出しなさい〟って脅すと身ぐるみ剥がしてあとは知らんぷりってのが専門だ、そのお宝で不動産屋かましてる悪党よ」
「なんだか僕好きだな」
「何おう」
「僕んちも地上げ屋で人を脅したり騙したりするのが仕事なんです」
「あのな、云ったろ、お稲荷さんにゃ自由んなるお巫女がどっさりいんだ、三千人だぞ」
「あっ、親分んちの屋根の天辺、僕のデコとおなしのがあたってるよ、やっぱりここにします」
「いいかあ、このうちにゃ頭剃った気味の悪りい男っきゃいねんだぞ」
「尚更僕の好みです、嬉しくなってきました」
「勝手にしろい、おい煙草屋、こいつは放ってくぞ、じゃな、逆まんじぞこない」
二人はおみこ三昧の揚げ句すっかりオケラになり、あれからもう三年になるが観音辺りでまんじオカマを見かけることもなく噂にもきかない。件の入谷エレンブルグ食堂も金坊煙草屋の話柄に上ることがない。
おわり