宵っぱりのための夜
強い風の音がしているのを言い訳に、ふたりの間には会話がなかった。
昼間は久しぶりに日差しが照りつけ、温かい陽気であったために、夜にも同じ調子で薄着で出てきてしまった。
向こうもやはり上着などは羽織っていなかったが、不思議と肩を寄せ合うということはなかった。
私たちはただこの沈黙を分かち合っていた。
夜の公園は街中にあっても人の気配がなく、よく知らない芸術家のオブジェにまみれた散歩道も、この暗がりではその華やかな色遣いを見ることがかなわない。
灰色になった塑像の群れは、かつて栄えた帝国の古代遺跡を思わせた。
時おり、車の走る音が聞こえる。
それよりも耳を強く刺す風があり、外灯にぶつかる羽虫の音があり、私たちはその中で本当の静けさを待っていた。
どこともなく遊歩道を歩き、靴と砂利が擦れる音が鳴る。
背負った鞄の内でスナック菓子の袋が暴れる。
やがて、彼は観念したようにベンチへ腰掛けた。
「寒いね」
「そうだね」
都会に牛の鳴き声が轟く。
「カエルかな」
「ああ、そっか」
車のヘッドライトが防風林の隙間から射した。
「遅い時間にごめん、眠かった?」
少しも眠くないことは分かっている、というのが声のトーンで分かった。
「いや、ちっとも」と軽く答えたが、内心は少々腹立たしい。
「なんで、怒ってんのかわかんないんだけど」
「それは、どっちのこと」
「どっちも」
そうだろうと思った。
まずは眠いかどうかより、寒いかどうか聞けよ、とも思った。
でもそんなことよりも頭にきていることはたくさんあった。
「眠かったら、こんな時間にこんなところこないだろ」
「まあそうか」
「お前は、なんでいつも相談しないんだよ」
「別に、お前に相談するようなことじゃないじゃん」
分かっていたことだった。
「友だち、じゃんか」
「解決するようなことじゃない、友だちだからって、相談しなきゃいけない理由もない」
彼の言うことはだいたい予想がついていたし、おおかたその通りの返答だった。
「それはそうだけど……最初に聞きたかった、やっぱり」
家族でも、恋人でもない、友だちのひとりだ。
私はいまとんでもなくワガママなことを言っている。
ぜんぶ分かっていたことだった。
外灯が消えた。
薄っすらと見えていた木々と空の境界がぼやけ、奇妙なオブジェの輪郭も曖昧になり、一面が墨塗りになる。
視界が慣れてくると、隣に座る彼の影が浮かび上がった。
「今日呼んだのはさ、」
塗り固められた夜の公園に、勢いよくサイレンの音が割り込んできた。
防風林の縁が燃えるように赤く光る。
煌々と照らされた彼の右頬が磨かれた林檎のようにつややかに光った。
「今日、呼んだのは、」
ふたたび公園には墨が注がれたが、声で私の方を向いているのが分かる。
「お前には最後に会っておきたかったんだ」
もうここには深閑とした夜だけがあって、私たちはそれを共有していた。
「最後に会って話すのは、お前が良かったんだよ」
古いベンチが軋む。
私も一歩分彼の方へ動くと、同じ音がした。
肩がわずかに触れ、衣擦れが優しくふたりの間を埋める。
「だから、良かったよ」
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