気づきができるかどうか
大人が全ての答えを教えてしまうと、子どもは答え待ちの人間になってしまう。
そもそも、学校教育でも算数の答えをすぐ生徒に答える教師はいるだろうか?
それと同じで私の指導方針の中でも、子どもにあえて答えを教えない方法を実施している。
なぜならば、それが今後の成長にも大きく影響してくるから。
もちろん時間はとてもかかります。
その中でも、答えを見つけるまでに幾つのヒントに気づけるか。
そこが1番重要。
▶︎りんご🍎に例えてみます◀︎
全く関係ない場所にも、答えに繋がる肥料『ヒント』はいくらでも転がっていて、
その肥料を一つひとつ拾ってりんごの木を育てた人『多くの情報を得て答えまで辿り着いた人』と、
全く肥料に気づかず、拾わずりんごの木を育てた人『ただシンプルな答えに辿り着いた人』では、
濃さが違う。実り方が違う。価値が違う。買う人が違う。
要は、わざと遠回りしたり、寄り道したりして、すぐ近くにあるヒントに気づけって事です。
その重要なヒントに気づいて集めてきた人は、答えを見つけた時点で、まず情報量が違うし、近寄ってくる人間も変わる。
子どもの時って学校の帰り道、謎に友達とかとどこか道草食ったりして、通常より少し遅い時間に家に帰ってくる事無かったですか?
みんながみんなそうだとは思っていませんが。
子どもって親の見ていない所で成長してくるもんです。知らない所で分からない事に対して自分で気づこうと努力しているから。考えてるから。
どれだけ頭が良くても、気づきが無ければ将来社会へは溶け込めていけないでしょう。
そもそも気づくと言う行為自体が分からないと大人になって変わるのは難しいですね。
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