ショートショート:「オーバーアチーバー」
※この作品は、以前書いた「天才」と併せてお読みいただけると、よりお楽しみ頂けると思います。
https://note.com/bold_yarrow777/n/nffd471bcd9de?sub_rt=share_pw
(以下、本編です)
ある日、英夫は、「高学歴でも人生が上手くいかなかった人」というタイトルのテレビ番組を見ていた。学歴と人生の成功との間に必ずしも相関関係がないことは、誰でも薄々感じていることだが、それでも高学歴の人がニートになっていたりすると、多くの人が「もったいない」と感じると同時に、「なんで、そんなことになってしまったのか?」と、邪な好奇心をそそられるものである。このテレビ番組は、多くの人が持つこうした好奇心に訴えかけるもので、一流大学を出ても社会に出て躓いてしまった人たちを集めて、彼らの人生を面白おかしく紹介するものだった。
この番組に、森田雄二も出演していた。彼は、たぐいまれな高いIQの持ち主で、東京大学の大学院で博士号まで取得したという経歴の持ち主でありながら、自身が主宰していた塾の経営に失敗し、現在はSF作家として、一部のコアなファンを相手に細々と商売をしているという話だった。
森田はその番組で、彼が塾の経営に失敗してうつ病になったときに、精神科医から「IQが人間の知能のすべてではない」という話を聞かされたというエピソードを紹介していた。それを見た英夫は、「それ見たことか!」と、膝を叩いた。実は、彼も少し前に病院で知能検査を受け、医師から彼のIQは85だと告げられていたのである。
英夫は文系の名門私立大学を卒業していたから、まさか自分のIQが低いわけはないと思っていたし、その結果を聞いてからというもの、「知能検査なんて、まったくあてにならない」と自分に言い聞かせていた。だから、高IQの森田が人生でしくじったという話は、彼にとっては励ましになった。
前述のように英夫は文系の名門私立大学を卒業していたとはいえ、五年間の浪人生活を経験していた。だから、大学卒業後はブラック企業にしか内定をもらえず、熾烈なしごきといじめの末に精神を病み、その結果訪れた精神科の病院で知能検査も受けるように勧められ、IQ85と告げられたという経緯があった。
思えば、英夫の人生は、他人から虐げられることの連続だった。彼は大阪の下町の低年収の世帯に生まれ、周囲に高学歴の人間がまったくいない環境で育った。コミュニケーション能力が高かったり、体力があったりすれば、それなりの生き方があったのだろうが、英夫の場合は運動がからっきしダメで、それが原因となって引っ込み思案になってしまったからか、人付き合いも苦手だった。中学時代までは塾にも行っていなかったし、当然のように成績も悪く、地元の不良が多いことで知られる工業高校に進学した。
その工業高校で、英夫は不良グループから目をつけられ、それはもう筆舌に尽くしがたいようないじめを受けた。危うく不登校になるところだったが、担任の教師の助けもあり、どうにかギリギリの単位を取得して高校を卒業することができた。しかし、高校時代の終盤は家にいて、一日中テレビを見ていることも多かった。
そんなある日、彼はテレビで、不良少年が熱血教師に出会い、東京大学の受験を目指す、という内容のドラマを目にする機会があった。
「これだ!」
そのドラマを見た彼は、全身に電流が走ったかのような衝撃を受けた。それまでの人生で、自分の体力のなさや不器用さは嫌と言うほどわからされてはいたのだが、勉強はそもそもやったこと自体がなかったので、ひょっとしたらそのドラマの不良少年のように、潜在能力が眠っている可能性があると、思ったのである。そのとき彼は、「高学歴になって、人生逆転してやる!」と決意したのだった。
ちょうど高校生活も終わりに近づき、受験シーズン真っ只中であった。彼はなけなしの小遣いをはたいて参考書を購入し、不器用なりに勉強を開始した。ところが勉強を開始してみると、ドラマの不良少年が受験を目指していた東京大学の受験のためには多くの科目を勉強せねばならず、さすがにハードルが高いように思えてきた。とはいえ、高学歴への野心は捨てがたかった。そういうわけで、受験科目が少なくて済む名門私立大学の文系学部を目指す、という結論に落ち着いたのだった。
英夫の五年間の浪人生活は、まさに命がけだった。彼は家に引きこもって狂ったように勉強していたのだが、当然、両親は受験をすることに反対していたからである。口論になることは日常茶飯事で、激昂した英夫が包丁を振り回して、危うく警察沙汰になりかけたこともあった。しかし、働きながらではとてもではないが合格できる気がしなかったので、自分が勉強できる環境を守るためなら、英夫はなんでもやった。受験が失敗に終わるたびに危機が訪れたが、それらの危機をすんでのところで乗り越えて、五浪目でどうにか、合格を勝ち取ることができたのだった。
英夫はそこまでして勝ち取った自分の学歴に誇りを持っていたし、ここまで努力して賢くなった自分が社会に出てから躓いてしまったのは、ひとえに就職先が悪かったからだと確信していた。そして同時に、子供時代に自然と勉強に関心を持つような環境に生まれなかった自分の運命を呪った。そもそも名門大学を卒業しながらブラック企業にしか就職できなかったのは五年間も浪人をしてしまったからであり、子供の頃から勉強していれば、浪人をせずに済んだかもしれないのである。
「こういう人生を歩んできた自分にしかできないことがあるはずだし、IQが低いからって、なんだってんだ。」
冒頭に述べたテレビ番組を見てそのような感想をもった英夫は、次に精神科を受診した際に、主治医に、そのテレビ番組の話を振ってみることにした。
「その番組では、IQが180あっても塾の経営に失敗した男性が紹介されていました。IQって、何なのでしょうね?ちなみに私も今、塾を立ち上げることを考えています。私自身が勉強で苦労した経験を生かせると思いましてね。」
英夫がそう言うのを、パソコンになにやら打ち込みながら聞いていた精神科医は、表情一つ変えずに英夫の方に身体を向き直して、
「実はここだけの話なのですが、その男性を診察したのも私なのですよ。」
と前置いて、ため息をつきながら、以下のように述べた。
「あなたが苦労してきたことは、よくわかります。また、確かにIQは知能のすべてを表しているわけでもありません。それはその通りです。しかし、だからと言って、IQはまったく意味がない数値というわけではありません。IQとして測定される能力の中に、社会生活を営む上で必要となる要素が含まれていることには、疑いの余地がありません。つまり、IQが高くても人生が上手くいかない人がいる一方で、低い人は低い人で、より高い確率で問題が出てきてしまうというわけです。わかりやすく例えるなら、例えばプロ野球選手のプロフィールで、『遠投120メートルの強肩』という謳い文句を見ることがありますね。確かにそういう選手たちが、全員が全員、プロ野球で活躍できるわけではありません。野球で活躍するために必要な身体能力には、数値で測れないものも多くあるからです。」
「でも、だからと言って『遠投120メートルの強肩』に意味がないわけでは決してないし、逆に遠投60メートルしかできない選手がいたとして、そういう選手がプロで活躍できることは、ないでしょう。それどころか、プロ野球選手になることすらできないかもしれません。IQのように数値化できる知能も、そのような性質のものだとお考え下さい。社会生活を上手くやっていくためには、IQは必要条件ではあるが、十分条件ではない。そういうことなのです。」