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ショートショート:「引き出し屋」
1.
「失礼致します。ひきこもり支援グループ『HSG』の、川原と申します。このたびは、田中さんの親御さんの方からご連絡を頂き、お話しに参りました。田中さん、ドアを開けて頂けないでしょうか?」
「うるさい、どうせお前も俺の邪魔をしにきたんだろ?お前と話すことは何もない!さっさと出ていけ!」
「何を偉そうに言ってんだ、自分の立場わかってんのか、ボケが!親御さんが、お前が引きこもってるせいで迷惑してんだ、この社会のゴミめ!」
「川原」と名乗った俺は、引きこもりの就労支援をする会社の社長をしている。いわゆる、「引き出し屋」というやつだ。
社会には、働いて税金を納めることもせず、家族に寄生してのうのうと引きこもっている連中が、大勢いる。社会のゴミどもだ。俺の会社は、「ひきこもりの人たちが、安心安全に社会復帰できるような支援を届けること」を理念にしてはいるが、実際のところは俺がこの仕事をしている理由は、他にある。この「引き出し屋」ビジネスは政府からの助成金が出るので、うまみがあるビジネスだということと、そして何より、俺は社会のゴミどもを見ていると、心底腹が立つからだ。
今の日本経済は、資本主義の原理で動いている。つまり、金を稼げる者に価値があり、そうでないものには、価値がないということだ。
俺自身が、不動産営業をやっていた若い頃から、この生き馬の目を抜くような競争社会で揉まれながら生きてきた。いや、俺だけじゃない。社会の誰もが、這いつくばって血反吐を吐きながら、一度転落したら二度と這い上がれない奈落の底と背中合わせで、日々の喧騒の中で生きている。
引きこもりどもは、そういう地獄の闘いの日々に背中を向けた、腰抜けどもだ。そして、社会や他人に依存して、迷惑をかけながら生きている。俺が奴らを、「社会のゴミ」と呼ぶ由縁である。
幸運なことに、今のところ俺の会社の経営は上手くいっている。社会のゴミがそれだけ多いということだが、俺もこのビジネスを通じて社会貢献をできているので、とくに不満はない。俺がゴミ掃除をする。そして政府や家庭が、その対価を支払う。ウィンウィンの関係というやつだ。
2.
最近、俺の会社が「引き出した」引きこもりの一人が、俺の会社に対して訴訟を起こした。俺の会社は山奥に施設があって、そこに引き出した引きこもりたちを収容している。収容された者たちは携帯を没収され、外部とのつながりが遮断された状態で、ランニングや農作業などの、日課をこなす。正直に言うと、指導員が体罰を用いた指導をすることもある。訴状によると、こうした訓練が人権侵害であるということだが、これはとんでもない言いがかりであり、誤解でもある。
俺は、自ら考案したこの、引きこもりたちの「更生」法に、自信を持っている。
そもそも、うちの施設にやってくる引きこもりたちは、社会に出てから躓いてしまった者たちが多い。彼らは、一言で言うと、根性がないのだ。
勉強さえできれば褒められる学生時代と違って、社会に出てから必要になるのは、根性に他ならない。もっと具体的に言うと、理不尽に耐える力だ。上の者が白と言ったものは、例え黒でも白だと信じ込む。良心の呵責などと言っている間は、まだまだ甘い。他人を蹴落としてでも結果を出さなければならないのが、社会人なのだ。引きこもりたちからは、そういう気迫や根性が感じられないのである。
亡くなった俺の親父は、自衛官だった。子供の頃は、よく殴られたものだった。社会に出てから初めて働いた不動産の会社でも、上司から散々理不尽を突きつけられた。だが、そのおかげで今の俺があることに、疑いの余地はない。生きるためには、理屈云々以前に、戦わねばならない時があることを、学んだのだ。
俺の「更生」法は、こういう子供の頃からの自分自身の体験に基づいたもので、ただの虐待とは、根本的に異なる。俺は自分の言行に筋が通っている自信があるし、そんな俺が、訓練に耐えられなかった軟弱な人間が起こした茶番のような裁判に、負けるはずがないのだ。
3.
裁判に負け、実刑判決を受けて2年半、刑務所に入っていた。悪夢のような展開だ。これだけ社会に貢献してきた俺を、社会は無惨にも見捨てたのだ。
悪夢はまだまだ終わらない。被害者(引きこもりたち)への賠償金の支払いのために、全財産を失ってしまった。おまけに裁判がメディアに取り上げられたものだから、俺の名前と顔が、世間に知れ渡ってしまった。もちろんもう、引き出し屋の仕事などできはしないし、かと言って、今の俺を雇ってくれる会社があるはずもない。
今の俺は生活保護を受けながら、一日をボロアパートの中で過ごしている。そうだ。認めたくはないが、俺自身が、あれほど忌み嫌っていた引きこもりになったわけだ。
一体、何の因果でこんなことになったのか。世の中は本当に不条理だ。今まで不条理に耐え続けてきた俺ですら、受け入れられないほどに。ん?
「ドンドンドン」
!何の音だ?
「おい、川原!引きこもってないで、出てこいや!話があるんじゃ!」
お前らは何者だ?俺をどこに連れて行こうと言うのだ?訓練か?やめてくれ、引きこもり生活で萎えきった心身で、耐えられるわけがない。
頼むから、や、め、て、く、れ…