note小説(3/3)「YES!オノ・ヨーコ」(夜顔編:約2200字)
(はじめに)この小説の舞台設定を知りたい方は、以下のリンクより前作(カフェKAZE編)をご覧ください。
夜顔(Moon Flower)
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
ランチを食べ終わって、彼女がそう切り出した。
彼女は、奢るわよ、と言ってくれたが、さすがにそれは悪かった。しばらく押し問答してやっと割り勘にしてもらった。
彼女が新幹線に乗ると言うので、ふたりでカフェを出て、美術館前のバス停へと向かった。
広島駅の前に着いてから、ふたりでおしゃべりをしながら歩道をぶらぶらと歩く。
その時、歩道沿いのお花屋さんの店先の鉢植えが、ふと目に留まった。
緑色の細い支柱が真ん中に立ててあって、それに蔓が巻き付いている。
葉っぱの形は朝顔のように見えた。先端が白い薄緑のつぼみが、ふたつみっつ、風に揺れている。
私は、そのつぼみの可憐さに一瞬で魅入られてしまった。
私は彼女に尋ねてみた。
「これ、朝顔ですかね?」
「うーん…… つぼみが白だから、たぶん夜顔じゃない?」
「ええっ、夜顔ですか?」
花に水やりをしていた店のおばあちゃんが、私達の会話を聞いていた。
「ほういね、夜顔ィね! お客さん、よう知っとられるねえ。暗うなったら真っ白な花が咲くけえねえ、ほりゃあ、綺麗なんよ」
「わあー、見てみたいわあ、夜顔の花!」
「じゃあ、私が買ってあげるわ」
はしゃいでしまった私を見て、隣で彼女が笑っている。
「えっ、いいんですか?」
「今日は楽しかったから、そのお礼よ」
私は、彼女に甘えるのが自然のような気がして、買ってもらうことにした。
「気ィつけて帰りんさいよ。ほいじゃ、ありがとね!」
おばあさんが、ビニル袋に夜顔の鉢を入れて持たせてくれた。
「わあー、ありがとうございます! 早く暗くならないかなあ……」
「まあ、可愛いらしいのね、あなたって……」
彼女の後ろについて広島駅の北口から階段を登った。
コインロッカーに寄って、小さめのキャリーケースを取り出して、改札口へ向かう。
私は、彼女とこのまま別れるのが寂しくなっていた。
私は、右手に下げたビニル袋からのぞく緑の葉を見つめる。
でも、夜顔を買ってもらったんだし...... 大事にこの子の面倒をみなきゃ。
新幹線の改札口の前で、彼女はしばらく立ち止まって、案内ボードを見つめていた。
「ああ、ちょうど、のぞみがあるわ! じゃあ、私、あれに乗るわね」
「はい。ここで、お見送りします」
「……今日はいい一日だったわ」
「私も、です。夜顔、ありがとうございました」
私は丁寧に頭を下げた。
彼女はちょっと真剣な顔をして、私を覗き込んで小声で言った。
「あっ、それからね…… 私、来年には広島に帰って起業する計画なのよ。あなた、広島にずっといるんでしょ?」
「えっ、は、はい…… たぶん」
最後に彼女は、満面の笑顔を私にくれた。
バッグからチケットを取り出すと、颯爽と改札口を通り抜けてゆく。
私は慌てて爪先立ちをして右手をあげた。
その時、彼女が急に振り返って、こう言った。
「じゃあ、頑張るのよ、菜緒!」
そう言い残すと、彼女は煙のように消え失せてしまった!
* * *
もうすぐ夜顔が咲く瞬間を見られる!
自宅に帰ってから、私は暗くなるのをじりじりして待っていた。
母には、晩御飯は後で食べるから、と言い残して、夜顔の鉢が入った袋を2階にある私の部屋へ持って上がっている。
鉢は窓際のチェストの上に置き、部屋の灯りは点けないことにした。
薄明りのなかで、ほころびかけたつぼみの先端を確かめる。
広島駅を出たころよりも、さらにふっくらして来たようだった。
私はカーテンと窓を開けて風を入れた。
山に囲まれた広島の夕方は、駆け足で暮れていく。
紫色に染まっていた西の空が静かに闇に覆われ始めていた。
私は、暗い部屋の中に体育座りをして、夜顔の鉢を見上げていた。
白いつぼみの先端を見つめていると、ゆっくりと旋回するように花びらがほどけ始めているようだった。
いよいよ咲き始めるんだ!
つぼみが五角形の星形に膨らんでいき、中の薄緑色の花芯が顔をのぞかせた。白い花弁が闇の中にふんわりとほどけていく。
やがて、これまで内に秘めて堪えていたものを解き放つように、一気呵成に花弁が広がり、トランペットのような形に花が開いていった。
白い大輪が、暗闇の中にくっきりと浮かびあがる。
輝く満月のような神秘的な花が、いま目の前で咲き誇っている!
私はその白い光に魅入られて、陶然としていた。
このまばゆい煌めきは、命あるものの心と心が通じ合い、感応したときの閃光なんだ。
(あっ!)
白い大輪の花の中に、小さな文字が浮かび上がっている!
YES! YES!
その瞬間、私はとんでもないことに気がついた。
知らないはずの私の名前を呼んでくれた彼女……
新幹線の改札口で、跡形もなく消えてしまった彼女……
彼女は、もしかしたら「未来の私」だったのかも?
そうだ、きっとそうだ!
私を励ますために、タイムリープして逢いに来てくれたんだ。
そう確信した私は、ゆっくりと立ちあがった。
その時、ベッドの上に放り投げてあったスマホに、メールの着信があることに気がついた。
( FIN )
尚、表紙のイラストは、月歌・光|note さんのものをお借りしました。誠に有難うございました。