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欲望のキャパシティ
著者 秋山龍一
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1. 桝崎透の根
桝崎透は私大近くの安アパートに学生の頃から住んでいた。
外見から見ても内装が容易に想像できるように陰気でジメジメとした雰囲気を醸し出していた。
太陽が真上からジリジリと強い日差しが降り注ぐ昼間ならともかく、夜の帳がどっぷりと下りる頃、このお化けアパートを通るだけでも妙な不気味さを彷彿させる。
どんなタイプの人間だろうと、好き好んで住むような場所ではないことは見るからに明らかである。管理会社も存在するのか分からないような管理がじゅうぶんに行き届いていない様子が伺える。常駐する管理人がいないのも無理はない。
もし、管理人がいるならきちんと手入れされているに違いない。
いや、いくら管理人が常駐するアパートやマンションでもさまざまだろう。大手不動産仲介のタイプなら真面目に管理し隅々まで行き届く。
しかし、グレードを下げればいくら管理人がいようと管理人室から一歩も動く気配もない物件も存在する。
あんなヤル気の感じさせない管理人を見るとイライラを通り越して不安になるのも無理はない。
近頃では怖いもの見たさの人が、入居してLive配信してみたり、事故物件扱いで面白半分にSNSにアップしたりする輩もたまに見かけたりする。それこそ物騒な事この上ない。
透の住むアパートの周囲は、鬱蒼と背の高い木が生い茂り昼間でも薄暗い。壁面一面にはビッチリと雑草の蔓が伝い屋上まで覆っているように見える。
風が吹くとザワザワと葉の啜り泣く音が聞こえる。木の高さはアパートを少し越えるくらいまで伸びており、夜中、部屋の照明を落とすと窓に影が写り不気味さを感じさせる。
こういう情景を見ると透は、思い出すことがある。
以前、何のテレビ番組で特集されていたアニメを紹介するものだった。その番組では、古いアニメの描写について取材したものを放送していた。
そのアニメというのが、ウォルトディズニーの白雪姫での森の描写を取材したものだった。
白雪姫は森の奥へと逃げ込んでゆく。森がますます暗く、恐ろしい場所へと変わり、木々が生きているかのように見え、その枝がねじれた手に変わり、彼女をつかもうとしている。
影と不気味な音楽が恐怖と危険の感覚を高め、森全体が悪意を持った生物であるかのように感じられる。
この悪夢のようなシーンでは、森が目を持つ暗闇やワニのように見える丸太などで満ちている。
このアパートも深夜床についたときに、ふと目が覚めると風の囁き鳴く声が聞こえる。窓に目をやると木の動きが生きてるようだ。まさに、あの白雪姫の森の描写そのものだ。
その何ものでもない何かは透の頭に語りかけてくる気配すらしてくる。
透の生まれ育った千葉の田舎も同じような木々が部屋から見えていたのを思い出す。木の幹や枝は腕に浮き出た血管のようで、流流と血液が流れているように見える。
キツツキが開けた穴は黒い目のように怒り狂ったようす。干からびたミイラにも見えなくもない。ゾンビ、生きる屍にすら見えてくる。
さすが、大学生になった透だから子供の頃のような恐怖さは感じられない。子供の頃を思い出すだけだ。
透は千葉の田舎に母をひとり残して上京してきた。母子家庭で育ったため、無理をして大学まで行かせてくれた母にはとても感謝している。なるべくならお金の心配を母にはかけたくない。幼い頃に父親を亡くしてから面倒を見てくれた。
安いアパートを探していたときに、入学の手続きに来た際にサークルの呼び込みに引っかかり、そのときに知り合った先輩に紹介されこの春引っ越しして来たばかりだ。
そのとき、サークルの呼び込みで話しを聞いてるときに同じように女性部員に捕まっていたのが、あの電車の読書女子だった。
アパートが決まるまでの間は、千葉の実家から電車で通ったものだ。実家のある船橋郊外から明治大学までJR船橋駅から総武線に乗り、船橋駅から中央線快速の御茶ノ水方面行きの電車に乗り片道約40分程度で御茶ノ水駅に到着する。
御茶ノ水駅からは徒歩で明治大学(駿河台キャンパス)まで約5分程度で到着する。約1時間弱の所要時間を要して通っていた。
当時、大学で同じサークルで活動をしていた菊池由美という女子がいて僕らは同郷だったから、よく喋るようになった。由美はごく普通の女子大生といった雰囲気の子だった。
彼女は俺が電車通学しているときに、よく見かけた女の子だった。あの読書女子だ。
電車内の時間、御茶ノ水まで車内で読書していたのを見かけたことがある。雰囲気はまだ女子高生のままといった感じだった。歳より若く見えた。着ている洋服のせいだろうか。
フェミニン系を着るようなタイプではなく、花柄の膝下まで長いワンピースを着るようなおとなしい女子だ。ストローハットの後ろに大きなリボンが特徴的な麦わら帽子だ。
おっとりしていて、ボォーと考え事をしているような性格をしている。
細目の体型だが、胸はそこそこあり厚みがある。ウエストもキュッとしまっており、ワンピースの上からでもその細さが窺えるくらいである。
足首も細くしまってパンプスではなくスニーカーを履いてる。彼女がいうには動きやすいからという理由らしい。
笑顔をあまり見せない子だったが、たまに見せるハニかんだところがとても魅力的な女子だった。
彼女は自分の意見もあまり表面上では見せない。他人に合わせて生きてるような性格をして物静かでスッキリした顔立ちをしていた。
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