僕は不倫をしている #1
僕は不倫をしている。
別に不倫していることを自慢したいわけではないし、不倫を肯定するつもりもない。
ただ、豊な人生をつくる要素の一つに恋愛があり、その手段が不倫だったという話だ。
僕の人生は常に満たされないでいた。
社会一般的に見れば、それなりに良い暮らしをしていて、圧倒的に欠落しているものがあるわけではない。
ただ、どこかセピアなのだ。
この感覚に共感してくれる人がどれだけいるのかは分からない。
僕の中の満たされない”何か”を埋めてくれるモノが”恋愛”だった。
誰かに恋する感覚はある意味、麻薬物質に近い気がする。
人生において”恋愛”がない人生とは、心の機微がないことに等しいのではないかとすら思える。
誰かに恋することで心は踊る、そして何気ない毎日に張りと刺激と小さな気付きを与えてくれる。
思えば、結婚した人はなぜ恋愛をしてはいけないのだろう、
それは人が生きてくうえでの大きな生きがいの一つを失うことに等しいのではないだろうか、
僕にはそういうふうにすら思えてくる。
もちろん、妻と生涯恋人の関係でいられるに越したことはない、
しかし、実際問題、現実にそのような関係を保つことができる夫婦がどれだけいるのだろう。
生物学的にも人間は恋愛感情を維持できるのは3年という研究結果も出ている。
一生涯夫婦でありながら恋人関係を維持することは、科学的観点から見ても不可能であることは明白であるのに、法律的には恋ができない。
当然のことながら、僕だって妻以外の女性と関係を持つことが正しくないことくらい理解している。
しかし、妻への恋愛感情が薄れていった時、一人の男としての人生も終わらなくてはいけないのだろうか。
僕は今年で33になる都内の金融機関で働くどこにでもいる会社員だ。
大学時代から7年付き合った彼女と結婚し、結婚生活は3年目を迎える。
僕からみても良い妻だと思うし、他の家庭と同じように多少の喧嘩はあれど、妻以外に結婚しようと思った女性はいない。
しかし、どんなに良い夫婦関係であったとしても、夫婦である以上、恋愛感情は冷めていく。
自分たちに限ってそんなことない、私たちだけは大丈夫と思う人もいるかもしれない。
残酷な真実を突きつけるようかもしれないけど、人間は所詮は哺乳類の一種であって、性別に男女があるのと同様、人は長い間時間を共にしていれば恋愛感情が薄れていくのは不変の真理だ。
理論をどうこねくり回したところで、どんな夫婦も恋愛関係はいつかは終わる。
そしてその時に、誰もが同じ問いに直面する。
男としての人生を終わりにするか
僕は男としての人生を終わりにできなかった。
僕はずっと不思議だった。
そもそも結婚している夫婦のうち、どれくらいの夫婦が恋愛関係を持っているのだろうか?と。
恋愛関係の定義の中には当然夫婦間の恋愛も含む。
僕にとっては結果的に恋愛対象が妻以外だったというだけで、妻であれば何も問題はない。
本質的な意味において人生に恋愛を求めている、ただそれだけだ。
もちろん結果として不倫であるので、それを正当化するつもりはない。そして、妻との恋愛関係の終焉により、倫理的に正しい選択肢としての恋愛が経たれた今、消去法的に残された選択肢が不倫だったということである。
僕はこの場で不倫の良し悪しや、不倫体験を語りたいわけではなく、ただ、豊かな人生を送るために「何が必要なのか」を自分の中で明確にし、それを整理する一環としての本稿の作成である。
僕は自己分析を通じて、恋愛と言うファクターが占める割合が非常に大きかった、
だからこそ不倫なんていうハイリスクなことをしているわけで、僕はこれを機に「幸福な人生とは」「人生を豊かにするために必要なものは」「結婚とは何か」といった問いについて、僕なりの切り口で分析しようと思う。
そしてそれを小説というエンターテイメント形式に包むことで、赤の他人に届けようと思う。
言うなれば、これは僕にとっての解を導き出すためのプロセスであって、その過程をここに赤裸々に明かしていくわけだ。
僕がこれから試行錯誤していくプロセスを、一つのエンターテイメントとして消費していただき、そして、自分なりに豊な人生とは何か、豊な人生を送るためには何が必要なのかを考える機会となればこの上ない悦びだ。
そして、僕の人生を色彩鮮やかにしてくれた彼女に感謝したい。
僕はあの日、電話越しに彼女に言われた一言が忘れられない。
「一緒にいるのに、ずっと失恋している気分だった」