中古カメラ屋さんが最高だった話
夏が来るまでに欲しいと思っていたフィルムカメラを、先日ついに手に入れた。今回は、その時に訪れた中古カメラ屋さんがあまりにも素敵だった話をぜひとも聞いてほしい。
フィルムカメラが欲しい欲しいと思いつつ、基礎的な知識の全くない私はとりあえず職場で入門書を買った。その本は全くの初心者へ向けて、フィルムカメラの仕組みからパーツの名称、一眼、コンパクト、レンジファインダーなど種類別のおすすめ機種紹介まで、必要な情報を網羅的に載せてくれているそれはそれはいい本だった。読み進めるうちにフィルムカメラへの憧れと恋情は募る一方で、本格的に手に入れるために、今度はフィルムカメラを持っている知り合いに片っ端から声をかけた。「ひさしぶり!ちょっと聞きたいことがあるのだけど…」みんな快く何の機種を使っているか教えてくれた。そんな中で、ある人からおすすめのお店として教えてもらったのが、今回私が訪れてすっかり惚れ込んでしまった「中古カメラbox」というお店だった。
例の入門書を読んだり、人に相談したり、ネットで記事を読み漁ったりするうちに、ある程度こういうのが欲しいなという方針が定まってきた。そこで、その日は「中古カメラbox」を訪れてお店の方にお話を聞いてみよう、そしてあわよくば少しいじらせてもえたらいいな、そんな軽い気持ちで新宿西口にあるそのお店に足を運んだ。
Google mapをみながらお店のあるビルの前までたどり着くと、店名が書かれた看板を見つけた。極度の方向音痴である私は、それだけでホッと一安心。「クラシックカメラのある生活」と謳うその看板はどこかレトロで、その雰囲気に期待半分、緊張半分といった気持ちで建物の中へと足を進める。お店は地下にあって、貼り紙がたくさん貼られ雑然とした印象の階段を降りていくとすぐに、カメラだらけのガラスケースが見えた。おずおずと入店すると入り口のすぐそこに店員のおじちゃんが1人おり、思わず「こんにちは…」と声をかける。その人と、もう1人奥にいた別の店員さん(この人もおじちゃん)が私に気づいて、挨拶を返してくれた。私はそのままの勢いで「ちょっとお尋ねしたいのですけど…」と、全くの初心者としてフィルムカメラを始めたい旨、そしてそんな人におすすめの機種を教えてほしい旨を伝えた。
そこからはもう、坂道を転がっていくボールみたいなものだった。あれよあれよという間に、おじちゃんがガラスケースから「これがいいのよ〜〜」と言いながらカメラを取り出す。その間にもうお一方が「俺はこれもおすすめだな」と別の個体を取り出す。彼らに促されてカウンターまで行くと、すぐさまおじさま方はそれぞれの個体の状態チェックをはじめ、「これはあんまり状態がよくないな〜なしだね」「これは大丈夫!レンズもついてこの値段はなかなか無いと思うな、おすすめだよ」なんて話が進み、カウンターの上にはおじさま方おすすめの2種類が残されていた。
実は、中古のフィルムカメラを扱うお店を訪れたのは、このお店が初めてではなかった。1週間ほど前、同じく新宿にある北村写真店というお店に行き、そこでも店員さんに話を聞いてみたりしていた。こちらの店員さんもみなとても親切にしてくれ、あんなのはどうか、こんなのはどうかと色々な提案をしてくれた。だけれど、私の(今日は話を聞くだけで、まだまだ購入は先のステップかしら)という雰囲気を感じとってのことだったのか、物自体はガラス越しに眺めるばかりだった。その点、「中古カメラbox」では、私は気づいたらおじちゃんにカメラを持たせてもらっていた。「これ覗いてみて。左の方に針が見えるでしょ。それが絞りのメーターで…」持たせてもらっているどころか、ファインダーを覗き込んでいた。「ここが絞りで、ここがピントだね。回して合わせてごらん」言われるがままに、これまた昭和を感じさせる壁掛けカレンダーにカメラを向けピントを合わせる。ぼやっとしていた7月の「7」が次第にクリアになってゆく。手に持って、操作してしまったが最後、憧れのものに触れて昂る気持ちと同時に、どこか冷静に(嗚呼、私は今日もう何かしらを買って帰るんだろうな)と気づいている自分がいて可笑しかった。
おじさま方おすすめの2種はNikonとOLYMPUSで、それぞれがそれぞれ魅力的だった。おじさま方はレンズの互換性や修理の面などからNikonをおすすめしてくれていたけれど、見た目や細かな操作の相性で私の気持ちはOLYMPUSに傾いていた。うんうん唸りながら頭を抱える私に、おじさま2人は笑いながらそれぞれの個体についてさらに色々な情報を与えてくれた。その時のエピソードで特によかったのが、おじちゃんがNikonの魅力を語っていた時のことだ。おじちゃんは徐にNikonを自身の耳元に持っていき、シャッターを切った。「カシャッ」と、しっかりとした重みのある、それでいてどこか爽快感のある小気味良いシャッター音が響く。「……これがたまらないのよ」とひと言。私も思わず、「あぁあぁああ、わかります…最高ですね……」とこぼしてしまった。その場にいる全員が、シャッター音に耳を傾けて恍惚とするというなんとも奇妙な状況だったけれど、なんだかとても満たされた空間だった。
そうして悩み続けるうち、知らぬ間にそこに常連客のおじさんも加わっていて、私は3人のおじさま方に見守られながら悩むことに。そんな時、店員のおじちゃんが「までもね、服屋さんとか行って、店員さんがどんなにこっちがおすすめですよって言っても、自分はこっちがすきだなっていうのがあったりするでしょ。それと一緒で好きだなぁと思う方をえらんだらいいのよ」と言ってくれた。もうお一方も「そうそう、車だってさ、どんなに”いい車”買ってもやぼってぇなぁと思うこともあるし、だったら”いい車”ってんじゃなくても好きなの買って、ガレージに入ってるの見て、うっとりするほうがいいもんな」なんて背中を押してくれた。その時点で、私の気持ちはすっかり決まってしまった。決心した私の顔を見て、おじちゃんが「こっちだな!」とOLYMPUSを指さした。
そこからの”至れり尽くせり”もすごいものだった。電池からレンズのプロテクターからストラップまで、必要なものをひと通りどんどん揃えてくれて、最後にはフィルムの入れ方講座までやってくれた。最初は口頭で説明しながらやって見せてくれて、それだけでなく「やってみる?」と実際に私に挑戦もさせてくれた。支払いが終わると、「なんか困ったこととかわからないことがあったらいつでも来てね」と言ってくれ、私はたった今自分のものになったカメラを抱きしめながら、じんわりと温かい気持ちになっていた。何度も何度もお礼を言って、名残惜しい気持ちでお店を出ると、お昼時の新宿はよく晴れて、青い空が眩しかった。
遅番で出勤だったので、そこから東京へ向かったのだけれど、ななめがけカバンにそっとしまったカメラからずっと意識が離せず、大切な大切なものを運んでいる時はこんな心もちなんだなと、ほんのちょっぴり妊婦さんの気持ちが分かったような気がした。
さて、そんなわけで念願のフィルムカメラを手に入れた私だったが、今日仕事から帰ると私宛に一枚のはがきが届いていた。見てみると何やら達筆な文字で手紙のような文章が。先日お世話になった「中古カメラbox」からだった。実は購入時に、天気別の絞りの設定の早見表を資料としていただく話をしていたのだが、うっかり私がそれを置いてきてしまっていた。はがきには、その早見表を渡し忘れてしまった、いつかついでの時に立ち寄って欲しいという旨が書かれていた。そんな些細なことで手書きのはがきを即日届けてくれるとは……。どこまでもあたたかくて、感無量である。
素敵なカメラに出会えて、それを迎えることができたことはもちろんとても嬉しいけれど、それだけではなく、素敵な人たちとの出会いがあったことも本当に嬉しい昨日だった。
季節は夏、さぁ何を撮ろうか。