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真相をつかめない【聖書研究】


《はじめに》

華陽教会の聖書研究祈祷会のメッセージ部分のみをUPしています。購入しなくても全文読めます。

《聖 書》使徒言行録21:27〜36

日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、聖書箇所のみ記載しています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

《メッセージ》

聖書に残された数々の手紙を書いた宣教者パウロは、度々逮捕され、暴行を受け、投獄される人でした。まるで、反社会的組織のメンバーが、法律を軽視して、強引な勧誘や活動を行い、捕まるような頻度ですが、パウロもそういう人間だったかというと、決してそうではありません。
 
正体や目的を隠して、仲間へ引き入れるどころか、堂々と人前で、自分はキリストの弟子だと明かし、イエス様の教えと業を語り、信じて永遠の命を受けるよう、目的を告げて行動しました。当たり前ですが、道行く人を騙して教会へ連れて行ったり、無理やり教えを聞くように拘束したりはしませんでした。
 
けれども、彼が捕えられたり、訴えられたり、投獄されるエピソードを挙げて、社会のルールや法律を無視して捕まってでも、信徒を獲得するように、誤った指導を行う人たちもいます。繰り返しますが、パウロが捕まったのは、社会のルールや法律を無視して、蔑ろにしたからではありません。敵に陥れられるのを分かって、姿を晒し続けたからです。
 
むしろ、正しい手順を踏まないで、まともな検証を行わないで、自分たちの主張を通したのは、パウロを捕まえた一部のユダヤ人や、その扇動へ、無批判に加担してしまった人たちです。なんと、実際にはそうじゃないのに、パウロが掟を破って異邦人を境内の中へ連れ込んだと、事実無根の訴えをした者がいたんです。
 
「イスラエルの人たち、手伝ってくれ。この男は、民と律法とこの場所を無視することを、至るところでだれにでも教えている。その上、ギリシア人を境内に連れ込んで、この聖なる場所を汚してしまった」……こう訴えた人々は、以前、パウロがギリシア人のトロフィモと一緒にいたのを見かけたので、今回も連れて来ていると勘違いしたようです。
 
エルサレム神殿には、外庭と内庭があり、外庭の「異邦人の庭」にギリシア人が入っても問題はありませんでしたが、内庭の「イスラエル男子の庭」と「女子の庭」には、ユダヤ人以外が入ってはいけないことになっていました。もし、異邦人がそこに入って、逮捕されれば、死罪になることが、神殿の碑文にも書かれていました。
 
しかし、実際に、パウロがギリシア人を連れ込んだなら、その場にギリシア人もいるはずですが、誰もそのことに突っ込みません。本当にパウロがギリシア人を内庭の中に連れ込んだのか、確認した者はいませんでした。掟を破った証拠もないまま、パウロはその場で引きずり出され、殺されかけてしまいます。
 
つい最近「私人逮捕」と称して、転売ヤーや痴漢の疑いがある人を捕まえる「私人逮捕系」のYouTuberが、実際には、関係ない人を捕まえて、冤罪を起こしていたことが話題になりましたが、それらを彷彿とさせる出来事です。事実を確認しないまま、罪を犯した者だと言って、殺すべきだと訴えて、殴り始める人の姿は、意外と身近に存在します。
 
そんな中、殺されそうになっているパウロの身柄を確保して、群衆の暴行から守り、真相をつかもうとした人が、一人だけ聖書に出てきました。それは、ローマ帝国から派遣された千人隊長です。本来、神の民として選ばれたイスラエル人を支配する、敵側の人間がここでは一番まともに行動します。
 
千人隊長は、騒ぎの原因を知るために、パウロが何者であるのか、また何をしたのかと尋ねますが、群衆があれやこれやと叫び立てていたので、騒々しくてかないません。そこで、パウロを兵営に連れて行って、話を聞くことにし、彼が群衆に殴られないよう、兵士たちに担がせて運びます。ということは、下にいた兵士は殴られたかもしれません。
 
その間、大勢の民衆が「その男を殺してしまえ」と叫びながらついてくる様子は、イエス様を「十字架につけろ」と叫んだ群衆の姿を想起させます。現代社会では、そんなこと起きないように思うかもしれませんが、SNS やネット上では、日常的に起こっています。「死ね」「消えろ」「居なくなれ」……罪を犯した者として、次々と叩かれる人たち。
 
しかし、自分が叩いている人間が、何をしたのか、どういう人なのか、確認し、検証してから、そういう言葉を吐く人は、ほとんどいません。誰かが「こいつは罪を犯した」「間違ったことをした」と言ったから、「悪い奴だ」と思い込んで、事実関係を見ないまま、すぐ、言葉をのせてしまいます。
 
そうして、犯罪者に仕立て上げられ、あるいは、やってないことまでやったことにされて、過剰な攻撃によって、亡くなってしまった人もいます。パウロが「民と律法とこの場所(神殿)を無視することを教えている」と、捻じ曲げられて言われたことも、現代の誹謗中傷とよく似ています。
 
残念ながら、クリスチャンの間でも、そのような光景は見られます。実際にはどうなのか、本当にそれは事実なのか、確認しないまま、検証しないまま、誰かを罪人として叩き始めることがあります。被害者を守ろうとするはずが、別の被害者を作り出してしまうことが、教会の中でもあり得ます。
 
そんなとき、外から来た意見が、第三者の指摘が、耳に入らなくなってしまうのも、危険な兆候です。教会をよく知らないから、信仰者でないから、という理由で、真相をつかもうとする冷静な声を退けるなら、イエス様を「十字架にかけろ」と訴え、パウロを「殺してしまえ」と叫んでいた、民衆の姿と変わりません。
 
「誰かがとんでもないことをした」「許されないことをした」と感じるときこそ、私たちも検証と確認を大切にしましょう。そして、事実と異なる主張や噂で傷つけられ、苦しんでいる人たちは、イエス様があなたと同じになられ、あなたの味方でいることを、ぜひ、思い出してください。
 
あなたが何も話せないとき、口が開かないとき、イエス様も何も言わないで、好き勝手言われておられたことを思い出しましょう。あなたが口を開き、弁明する勇気が出てきたとき、パウロが聖霊に導かれて、自分自身のこと、これまでのことを人々に証ししたことを思い出しましょう。
 
イエス様は、いつもあなたと共におられます。真相を知っておられます。あなたに報いてくださいます。どうか、そのことを胸に刻みつつ、今週も、それぞれ必要な気づきと、力と、励ましを得て、日曜日まで、歩んでいくことができますように。主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりとが、あなたがた一同と共にありますように。アーメン。

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柳本伸良@物書き牧師のアカウントです。聖書やキリスト教に興味のある人がサラッと読める記事を心掛けています。サポート以外にもフォローなどお気持ちのままによろしくお願いします。質問・お問い合わせはプロフィール記載のマシュマロ、質問箱、Twitter DM で受け付けています。