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アブラハムの闇【日曜礼拝】


《はじめに》

書き下ろしのメッセージをUPしています。購入しなくても全文読めます。

《聖 書》 創世記12:1〜9

日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、聖書箇所のみ記載しています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

《メッセージ》

創世記12章は、「信仰の父」と呼ばれるアブラハムが、まだ、アブラムと呼ばれていた頃、神様から突然、「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」と命じられ、それにすぐ従ったことが書かれています。同じことを今、私たちに命じられたら、到底、すぐには従えません。

家も、仕事も、全部投げ捨て、知らない土地へ出発する。近くにいた親戚も、長年連れ添った友人も、離れ離れになってしまう。たどり着いた土地で、上手くやっていけるかも分からない。仕事があるか、住む場所はあるか、引っ越し先で、ややこしい人たちに絡まれないか、心配事は尽きません。

そもそも、自分がその気になったって、家族が「うん」と言うか分かりません。「明日、ここを出て、神様が示した土地へ引っ越そう」と言ったって、妻は承知するだろうか? 親戚や兄弟から、ここを出ていくことに、反対されないだろうか? 世間的にも、父から受け継いだ土地を捨て、家を出ていく長男は、批判的に見られる時代でした。

だいたい、アブラハムは75歳です。「知らない土地で一から始めよう」と言い出したら普通は周りが止めに入ります。「いい歳をして何言っているの?」「今から他の土地で開拓するなんて、できるわけがないでしょう?」「大人しく、余生をここで過ごしましょうよ」そう言われるのが自然です。彼自身、老体に鞭打ちたくはないでしょう。

考えれば考えるほど、すぐには従えない命令です。けれども、アブラハムは、特に抵抗することなく、神様に言われたとおり、すぐに故郷を旅立ちます。驚くべきことに、アブラハムの妻サラも、彼の甥であるロトも、一切口を挟まずに、蓄えた財産をすべて携え、一緒に家を出て行きます。

面白いことに、長男が父の家を出て行ったにもかかわらず、アブラハムの親戚は、誰も彼を止めません。「親父の家はどうする?」「土地はどうする?」「このままみんな捨てていくのか?」と、恨み言の一つや二つ、あってもおかしくありませんが、アブラハムの出発を妨げる者は、誰一人現れませんでした。

それどころか、この土地で加わった人々、甥の家族や、今まで雇っていた召使いたちもみんな一緒に出発し、神様が示すカナン地方へ入っていきます。よほど、アブラハムに人望があったんでしょうか? それとも、アブラハムについてきた家族や召使いたちも皆、神様の命令であれば、素直に従う、敬虔な信仰の持ち主だったんでしょうか?

確かに、「信仰の父」と呼ばれていれば、それだけ彼の人望が厚く、彼の身内も信仰深く育てられた人たちだったと思いたくなるかもしれません。しかし、正直私は、アブラハムたちがそこまで理想的な家族だったとは思えないんです。と言うのも、アブラハムの家族について記された11章の結びには、もう既に、色んな歪みが見えていました。

実は、アブラハムの故郷ハランは、先祖代々、受け継いだ土地ではありません。もともとは彼の父、テラが、自分の故郷カルデラのウルから息子たちを連れてやってきた移住地でした。しかも、アブラハムの妻、サラを連れて移住したので、彼らが成人してからの移住です。故郷と言っても、幼いときから暮らした場所ではありませんでした。

アブラハムの父親が、なぜ、息子たちを連れて、移住しなければならなかったか、理由は述べられていませんが、この家族が、あまり良い目で見られなかったことは想像に難くありません。まず、長男アブラハムの妻は「不妊の女」と呼ばれるサラで、子どもに恵まれませんでした。それは当時、神様に祝福されてない証と見なされていました。

次に、次男ハランは、父親のテラが死ぬ前に、息子ロトを残して、先に故郷で亡くなっていました。父親が息子に先立たれることは、単に「神の祝福を受けてない」というだけでなく「何らかの呪いや罰を受けている」と見なされることになりました。周りの家からも「うちに呪いを持ち込まないか」不安な目で見られることになります。

さらに、三男ナホルは、妻にミルカを迎えていましたが、ミルカは亡くなった兄ハランの娘です。ようするに、自分の「姪」に当たる子と結婚してしまったんです。姪との結婚は、旧約聖書で明確に禁じられてはいませんが、現代の日本であれば、法的にも許されません。古代社会でも、皇族同士の結婚でなければ、一般的とは言えませんでした。

もし、創世記20章12節に出てくるアブラハムの言葉が事実であれば、アブラハムとサラも、母親が違う兄と妹の結婚ということになります。ちなみに、レビ記20章17節には「自分の姉妹、すなわち父または母の娘をめとり、その姉妹の裸を見、女はその兄弟の裸を見るならば、これは恥ずべき行為であり、彼らは民の前で断たれる」と出てきます。

申命記27章22節には「異母姉妹であれ、異父姉妹であれ、自分の姉妹と寝る者は呪われる。民は皆、『アーメン(本当にそうなりますように)』と言わねばならない」と出てきます。後に定められた、律法でも禁じられた関係です。アブラハムの印象がだいぶ変わってきますよね?

もしかしたら、アブラハムの父テラが、息子たちと嫁を連れ、故郷を離れてハランの地に移住したのは、異母姉妹と結婚したアブラハムが、民の中から断たれることを避けるため、姪と結婚したナホルが、批判に晒されることを防ぐため、早死にしてしまったハランが、呪いの証として語られることを拒むため……だったのかもしれません。

実は、神様が「カナンの地へ行きなさい」とアブラハムに命じる前、彼の父親は、既に息子たちを連れて、カナン地方へ出発していたんです。しかし、途中で、亡くなった次男と同じ「ハラン」という名前の土地にたどり着くと、父親はそこに留まって、残りの生涯を過ごします。

つまり、神様がアブラハムに言われた「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」と命じた言葉は、父の代から目指していたことでもありました。神様が示されたカナンの地は、彼らの全く知らない土地ではなく、もともと、自分たちをカルデラのウルから連れ出した、父の目指していた土地でした。

さらに、神様はアブラハムに信じ難い言葉を続けます。「わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る」

先ほども言ったように、アブラハムは「父の娘」「異母姉妹」であるサラと結婚していました。そのサラは不妊の女で、二人には子どもがいませんでした。おそらく、カルデラに居た頃は「ほらみろ、神様から呪われた」「あんな結婚するから子どもができないんだ」と神様が喜ばない、神様に見放された人間として、見られていたと思います。

ところが、そんなアブラハムが75歳になって、神様から「あなたを祝福し、あなたの名を高める」と言われます。自分たちこそ、神様に呪われていると思っていたのに、「あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う」と言われます。なぜアブラハムはすぐに従うことができたのか……それは、彼の呪いが解かれたからです。

よく考えると、アブラハムたちが住んでいるのは、生まれ故郷でも、父の家でもありません。彼らの生まれ故郷であり、父の家であったカルデラのウルは、とうの昔に出発し、出てきた場所でした。しかし、未だ、アブラハムの心は生まれ故郷に囚われていました。あの土地で弟を亡くし、あの土地で「過ちを犯した者」として、呪われてきた。

けれども今、神ご自身がアブラハムに向かって命じます。「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」……いつまでも、自分を「呪われた者」「罪人」として留めている、父の家から解放されなさい。あなたたちを守るため、自分の家から飛び出して来た父親が、目指した土地へ向かいなさい。

そこで、わたしはあなたを祝福する。あなたを呪われた者ではなく、祝福された者にする。わたしに背いた者ではなく、わたしと共に歩んだ者にする……聖書に記された神の呪いは、呪われたまま終わる者を生み出すために、書かれたわけではありません。呪いから祝福へ至るために、新しく生きる者となるように、出発させるのが神様です。

「信仰の父」から程遠かった、むしろ、後に定められた律法では、死罪に相当する行為を犯してしまったアブラハムは、やがて本当に、「祝福された者」「信仰の父」と呼ばれるようになっていきます。それは、信仰の道から程遠いと感じている、あなた自身の姿でもあります。あなたを祝福することが、神様の望んでいることで、神様の計画でもあります。

たとえ75歳まで、出発することができなかった、囚われ続けた者であっても、神様は新しい生き方をもたらします。いつまでも、どこまでも、付き合い続け、ご自分の者と呼んでくださいます。だから、あなたも行きなさい。囚われた家から解放され、神の祝福を信じなさい。あなたの出で立つのも帰るのも、主が見守ってくださるように。アーメン。

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柳本伸良@物書き牧師のアカウントです。聖書やキリスト教に興味のある人がサラッと読める記事を心掛けています。サポート以外にもフォローなどお気持ちのままによろしくお願いします。質問・お問い合わせはプロフィール記載のマシュマロ、質問箱、Twitter DM で受け付けています。