剛毛のハゲを見た
夏の暑さが激しく、照り付ける太陽が私を照らすなか
剛毛のハゲを見た。
頭以外の毛の主張がものすごかった。
フレディ—マーキューリーを思い出す。
あるべきものがなくて、なくていいものが余分にある。
世にはびこる不条理をまとめあげた存在、
不条理のシンボルだ。
もちろんその剛毛ハゲに罪はない
むしろ同情をする。
しかし、剛毛ハゲを私は「努力が足りない」と判断する。
髪だけでなく努力も足りないのだ。
例えば、私はここから話題を転換し、
なんとか200円の価値のあるオチをつけようと努める。
もともと用意していないところに驚くかもしれないが、とにかく頑張って絶対に200円買わせようともがく。
その間も剛毛ハゲはハゲている。
ハゲ散らかしているに違いない。
しかしハゲを責めるつもりは毛頭にない。
毛頭にないのだ。
問題は剛毛の方にある。
ハゲと違って
剛毛は剃ればいいだけの話だ。
ハンディキャップを持ちながら、怠ることは許されない。
サイコロは振られているのだ。
(以下、200円 内容は全くもってなにもありません。
ただ200円ほしいだけです。)
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