見出し画像

「遅すぎるランチ」僕は今日もシルバーを磨く|02

▼前回の記事はコチラから
「プロローグ」僕は今日もシルバーを磨く|01


第1章:"東京"という夢の中「遅すぎるランチ」

 
 『佐伯、結婚したらしいよ』そのメッセージを見たのは、夕方16時を周り、遅すぎるランチをコンビニのおにぎりで満たしていた時だった。
 大学の同期、小山からのメッセージだった。
 佐伯綾は僕が大学生の時に付き合っていた女性で、ずっと忘れることができない人だ。
交際期間は大学2年に進級した頃から1年ほどの期間だが、
僕にとってはもっと短く感じる、あっという間の時間だった。


 僕と綾は同じ大学で出会った。僕は中央大学文学部で綾は法学部(当時は同じ多摩キャンパスだった)。岩手から上京し外部組の僕とは違い、綾は中央大の付属校からの進学なので、そもそも僕とは住む世界が違う人種なのだ。そんな僕らは、同じ映画研究会に入っている事がきっかけで出会った。研究会に入ってからしばらくして、お互いがクリストファー・ノーラン監督の作品が好きなことを知り、親しくなった。インセプションの最後、主人公コブは現実に戻れたのか、それともまだ夢の中にいるのか、僕と綾はお互いに「まだ夢の中にいる派」だった。今思えば、綾と過ごした時間は、まさに僕は夢の中にいたんじゃないかと思ってしまう。


付き合ってもう少しで1年、というところで僕はフられた。
1年記念日には何かプレゼントをしたいと思い、目星をつけていた。agateのネックレスだ。小さいダイヤがついたゴールドのネックレスを綾はずっと欲しいと言っていた。大学生の僕にはかなり高額のネックレスだったが、家庭教師のアルバイトを増やし、節約してお金を貯めた。そのぐらい僕は綾の事が好きだった。綾の喜ぶ顔が見たかった。


綾は一般的には美人、という訳ではなかった。だが愛嬌があり、表情がとても可愛らしかった。そしていつも明るく、かつ聡明だった。彼女が話すことはいつもユーモアがあり、刺激的だった。何より彼女が持つ、「東京っぽい」洗練された雰囲気が好きで、一緒にいると僕まで特別になれた気がした。綾の実家は新宿区、父親は弁護士だという。父のような弁護士になりたいといつも話していた。シンプルだが仕立ての良い服をいつも着ていて、母親から譲りうけたというCartierの時計をいつも着けていた。


「就活に専念したい」
それが別れの理由だった。確かに僕たちは3年生、就活が始まる時期だ。
だが僕は、その理由は僕を傷つけないための"嘘”だと分かった。
綾からしたら、僕は物足りない男だったのだ。
東京で生まれ育ち、付属から法学部に進学、弁護士を目指す綾。
地方で生まれて大学で上京、文学部に入ったものの、特にやりたい事がない僕。
最初から僕たちには差があった。
フられた翌日、男友達を呼び出し僕はやけ酒をした。プレゼントのために貯めたお金を使い切りたかった。このお金が手元にある限り、綾のことを思い出してしまう、そう思ったからだ。
酒の力を借りて、一瞬だけでも忘れたかった。酒に弱い僕は居酒屋のトイレで泣きながら吐いた。友達に介抱されながら、僕は朝を迎え、駅前に座って始発を待った。ぼーっと、ALTAを眺めていた。5月の新宿の朝は早く、太陽の光が目に染みた。

綾と別れた後、僕は何人かの女性と付き合った。だが、綾以上に好きになれる人はいなかった。綾は今でも僕の中で特別なままだ。
その綾が結婚した。もう別れて8年も経つのに、僕の心はざわついた。
これが愛なのか、はたまた執着なのか、僕にも分からなかった。

「そうなんだ、おめでとう。相手は知り合い?」

平常心をよそおい、小山に返信する。

「直接の知り合いではないけど、同じ弁護士らしいよ。」

完敗だ。消えたい。



綾の結婚を知ってから1ヵ月、僕は仕事に没頭した。WEB小説プラットフォームの会社で企画職に就いている。自分が携わった作品がヒットし、漫画・アニメ・ドラマ化させるのが目標だ。本当は仕事なんて手につかないほど集中力は散漫したが、少しでも綾の事を考える時間を減らすため、自分のスケジュールを埋めたかった。

ー結婚か・・・

僕はあれから、結婚について考えていた。
僕は結婚をしたいと思ったことはない。だが、したくないと思ったこともない。
それほど、今まで興味がなかったのだ。いや、興味がなかったというよりかは、自分が結婚しているイメージがつかない、といった方が正しいかもしれない。
僕は新卒で大手印刷会社に入社した。
入社3年目の頃付き合っていた彼女に、自分の結婚観を話された事があった。

『私は27歳までに結婚して、29歳で子供を産んで、結婚式はパレスホテル、婚約指輪はやっぱりハリーウィンストンが憧れ!』

その他にも住むエリアは23区内で、子供は中学校からMARCHの付属校に入れられたらいいな、など自分のこだわりを話してくれた。

「そうんなんだ、明確に夢が決まっているなんて素敵だね」

そう言った。本心だ。そこまで自分の人生プランが決まっているなんて、凄いことだ。
なぜなら僕は、これから先の人生プランが何もないからだ。何年も先の自分を想像する事が出来ないほど、きっと僕は僕自身に興味がないし、期待していない。
だから僕は、彼女の理想の結婚生活の中に自分がいるイメージがまったくつかなかった。

そして相手が僕だとしても、僕ではないとしても、彼女の理想の生活は変わらないのだ。
彼女にとって、自分の理想の結婚生活を叶えてくれる人と結婚することが大切なのだと分かった。



しばらくして、彼女とは別れた。
もしかしたら僕は、このまま結婚はしないかもしれない。
少ないが友達もいるし、一応仕事もある。男ひとり生きていくには、何も困らない。
出来れば時々、女性とセックス出来たら、それで満足できる気がする。
ただ、なぜだか時々、漠然と怖くなるときがある。


 ある夜のこと、そろそろ寝ようとベッドに入り目を閉じた。
しん、とした部屋で布団にくるまれていると、色んなことが頭をグルグルと回り出す。

―もし僕にこの後心臓発作が起きたら、自分で救急車を呼べるだろうか。
救急車を自分で呼べたとして緊急手術になって、最悪助からなかったら・・・
僕は、僕が死ぬことを誰にも伝えられない。
そもそも僕は、僕が死ぬことを伝えたい相手なんているのか?

そんな事を考えていると、怖くなり眠気は覚め、結局朝方まで寝付けなかった。
綾は、なぜ結婚を選んだのだろう?

▼続きはコチラ


いいなと思ったら応援しよう!

僕は今日もシルバーを磨く
いただいたチップは、みなさまの東京ライフを豊かにするための今後のコンテンツに活かさせていただきます。応援よろしくお願いいたします🙏