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「池袋シネマ・ロサ①」僕は今日もシルバーを磨く┃04

▼前回の記事はコチラから
「家出」僕は今日もシルバーを磨く┃03


第1章:"東京"という夢の中「池袋シネマ・ロサ①」

 東京行きのチケットを目の前にし、
両親に黙って決めてしまったことや、
東京に1人で行くことへの不安が一気に押し寄せてきた。

東京に着いたとして、そのあとは大丈夫なのか?
知らない土地で、ミニシアターまで辿りつけるのか?
そもそも17歳の高校生が1人で東京に行くことを両親は許してくれるのか?
不安が頭の中をぐるぐると駆け回った時、僕は『海辺のカフカ』を思い出した。

―そうだ、カフカは15歳の時に1人で新幹線にも夜行バスにも乗ったじゃないか。

『海辺のカフカ』は15歳の少年カフカが、1人夜行バスに乗り、
家出をすることから始まる小説だ。
主人公のカフカは僕より若い15歳で、東京から四国という僕よりも長距離を移動し、家出期間もきっと僕よりも長いはずだ。僕は、カフカと同様に"家出"をすることに決めた。ただ僕の場合は1日だけなので、そんなに大げさなことではなく、友人の家に泊まるという嘘を両親につくだけだ。

 僕は16時をまわった頃、新幹線の自由席に乗り込んだ。
友人宅で宿題合宿をする、という話をしたら、意外にも両親はすんなり受け入れてくれた。
どちらかというと1人でいることが好きな僕が友達の家に泊まるというイベントをする、それが両親からすると嬉しいようだった。
こうして、僕の"家出"は成功したのだ。

車内は半分くらい埋まっていた。
乗客の大半は僕と同じ1人客で、くたびれたスーツを着た中年男性や、僕と年が近そうな人、中には大学生ぐらいの女性グループまでいる。
この日この場所この時間にこの新幹線に居合わせた僕らは、この街から脱出する、いわば仲間なのだ。
窓からは低いビルたちが並ぶ街と山が見える。
きっと僕も、この街から逃れたかったのだ。

上野駅までは、やまびこ新幹線で約3時間20分ほどだ。
僕は文庫本を手に取り読み始めたが、慣れないことをして疲れたのか、しばらくして眠ってしまった。眠っているのか、起きているのか分からない朦朧とした意識の中にいる時、もうすぐ上野に着くことをアナウンスで知らされた。気がつくと、車内は満席状態で隣にはパソコンを開いて仕事をするサラリーマンが座っていた。

そして時刻は19時30分。僕は東京・上野に降り立ったのだ。
ここからだ。
僕の"家出"は、まだ始まったばかりなのだから。

 『池袋シネマ・ロサ』
僕が向かうべきはその場所だった。

 僕が東京に降り立ち、1番驚かされたのが人の数である。
通勤ラッシュのピークは過ぎたとはいえ、ぶつからないように歩くだけでも一苦労で、駅構内は情報量が多く山手線を探すのに相当時間を使ってしまった。上野駅の構内はあまり盛岡と変わらない気がして、そしてどこか閉鎖的に感じる駅だった。『想像していたより身近に感じる』そう思ったが、それは間違いだとすぐに気が付く。上野駅は、確かに東京のターミナル駅の中ではコンパクトだが、そこに存在する"人“が違うのだ。構内を足早に通り過ぎる人々。誰もが自分の行く先しか見ておらず、田舎から来た家出少年のことなど目に入っていないだろう。彼らと僕は生きるスピードが違うのだ。

 なんとか山手線に乗り、僕は池袋で降りた。
電車から降りる際、後ろに背負ったリュックがサラリーマンであろうグレーのスーツを着た50代くらいの男性にぶつかってしまい、チッと舌打ちをされた。

「・・・すみません」

 僕は小さい声で唱えた。
彼に聞こえていたかどうかは分からない。

 池袋の駅構内も人でごった返しており、必死に西口を探した。
今の池袋は再開発が進み街の空気が様変わりしたが、当時はまだ、いわゆるアングラな世界が広がっていた。

街はゴミで汚れ、グラフィティアートとは思えないスプレーでの落書き、道端に座り込みタバコをふかす人、西口公園ではチューハイの空き缶が散らばり、ベンチの上で酔っ払って眠っている人。
『池袋ウエストゲートパーク』からそのまま飛び出してきたような世界だ。

僕は東京に来たことを後悔していた。

この世界に僕の存在に気づいている人は誰もいないのではないか、と思えるほどこの街は僕に無関心だった。

 映画が始まる時間まで1時間弱ある。
僕はシアター近くのマクドナルドに入って時間を潰した。盛岡には当時マグドナルドは1店舗しかなく、出来た当初は大喜びで、マクドナルドに行くこと自体がちょっとしたイベントだった。だが、池袋のマクドナルドは"日常”だったのだ。

 開演の15分前に僕はシネマ・ロサに向かった。
窓口に行き、「SR サイタマのラッパー」のチケットが欲しいと伝えると、今日の放映のチケットは既に完売したと伝えられた。

頭が真っ白になった。

ー僕は、東京のことを何一つ分かっていなかった。

岩手では映画に、しかもミニシアター上映に興味を持つ人は少なく、
基本的に飛び込みで見られるものが多かった。
だが、東京は違う。
なぜこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうと、
自分の浅はかさを呪った。
東京は僕なんて、”お呼び”じゃないのだ。

窓口の前で呆然と立ちすくんでいると、後ろから男性の声がした。

「ねえ、もしかしてこの映画見たいの?」

 振り返ると、恐らく大学生くらいだろうか?
僕より少し年上であろう男性が立っていた。
不自然に黒く染まった髪にピアスの空いた耳、よく分からない総柄のシャツに黒の細身のパンツとコンバースを履いた、長身の男だった。

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