つみたてNISAと美容室のお姉さんと靴磨きの少年と死んだ人。
靴磨きの少年とは、株式投資に関する逸話のひとつです。第5代米国大統領ジョン・F・ケネディの父親は、靴磨きの少年に靴を磨いてもらったときに「この株、買いなよ」と言われました。こんな少年までが株の話をするということは暴落が近いのではと感じたケネディ父は、持っている株式を売り払い、後の大暴落で資産を減らすことを回避したそうです。これはつまり、普段は株と縁遠い人が株の話を始めたら、それはバブル崩壊のシグナルであるという話です。
さて、私も人間なので髪が伸びます。髪が伸びれば美容室で髪を切ります。特に担当を指定したわけではなく、最初に訪れたときの巡り合わせで私の髪は若めのお姉さんが切ってくれることになりました。カットのみで難易度が低いため、経験浅めの人をあてがったのではと邪推しています。あれから数年。お姉さんもすっかり中堅になってという話はさておいて。数年経ってもツキイチで行くか行かないかなので、互いをよく知っているかと言われるとそんなことはなく、美容室トークの話題にはいつも困っています。
2021年末、年越しに向けて髪を切っていると、お姉さんが突然「つみたてNISAとか詳しいですか?」と聞いてきました。急にどうした。話によると何でも友人から儲かるらしいと聞いたようです。証券口座を開設すべく、銀行に相談に行こうと思っているのだとか。彼女の質問は「つみたてNISAいくつやってますか?」など、よく考えればわからなくはないけどうまく的を射ておらず、よくわかっていないことがよくわかりました。これは銀行にカモがネギを背負っていくパターンでは。一抹の不安はありますが、つみたてNISAなら金融庁お墨付きの安全な商品しか選べないので大事故にはならないでしょう。若いうちから投資に興味を持つこと自体は良いことなので、ややこしい話はすることなく、応援するに留まりました。それにしてもこれは典型的な靴磨きの少年なのでは。いよいよ株価の下落が始まるかもしれないなと思いました。
年が明けて2022年1月、嫌な予感は的中し、株価は全面的に大きく下げました。的中したは語弊があります。株式市場において重要な国である米国で、金融緩和の引き締めによる利上げが行われることはわかっていたので、株価が下がること自体はいくらか予見できていました。予見できなかったのは、いつから、どれくらい下がるのか。何を隠そう、そろそろ利上げしそうだという空気感だけでこの有様なので、実際の利上げでどこまで下がるのか、或いは既に織り込み済みで思っているほど下がらないのか、そこは今なお不透明な状態です。加えて昨年末時点で大きく考えられていなかった地政学的リスクも出てきています。
そんな最中に、投資初心者がつみたてNISAを始めたならば、いきなり元本割れして、びびってしまってもおかしくありません。美容室のお姉さん大丈夫か!?
年末に整えた髪が伸びてきたので2022年2月上旬に美容室を訪ねると、つみたてNISAの記事が載った週刊誌を片手に、再び話を振ってきました。「まだ始められていないけど新しいNISAに変わる前には始めようかなと思っています」と。新しいNISAに変わるのは一般NISAであって、つみたてNISAではありません。相変わらずよくわかっていないことがよくわかりました。そんな彼女に「株価、大きく下がっちゃいましたね」と問いかけてみると、返ってきたのは無邪気な「そうなんですかー?」でした。びびっているどころか、認知すらしていませんでした。私がびびった。
これから投資をしようというのに世界の経済状況を知らないなんてとんでもない。しかし一方で安心したのも事実です。とある証券会社によれば、2003年からの10年間で運用成績のよかった人の属性は「1位: 亡くなっている人」「2位: 運用しているのを忘れている人」だったそうです。これはつまり、日々の株価の変動に一喜一憂してポートフォリオをがちゃがちゃ弄らないほうがいいですよということ。つみたてNISAのことがよくわからず、世界の経済状況にも興味がない美容室のお姉さんは、証券会社目線で言えば死んでいるも同然です。投資する商品さえ誤らなければ、謎のインフルエンサーから中途半端に知識を得てしまった人より、私より、結果的にうまく運用できたりするのでしょう。
もし最近の株価の大きな変動に振り回されている人がいましたら、思い切って死んだフリを決め込むのがいいかもしれません。或いは振り回されている時点でリスクを取りすぎている可能性があるので、現金などの無リスク資産の比率をあげるのもいいかもしれません。以前も言及しましたが、投資に回していいのは消し飛んでも心穏やかでいられる金額まで。それが大前提だと思います。
余談
最近、世の中ではレバナスなるものが流行っているそうです。レバニラの仲間ではありません。NASDAQ 100という米国のハイテク寄りの指数に連動し、指数の2倍の値動きをするレバレッジが掛かった商品です。2倍増えるけど2倍減る。国を米国に絞るのもセクターをハイテクに寄せるのもレバレッジを掛けるのも私の好みには合わないので私は手を出しません。一方で、性質をよく理解した上でポートフォリオに組み込むのは個人の自由なので別にいいんじゃないのと思います。美容室のお姉さんが手を出そうとしたら……それは一旦止めるかな。
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私は国もセクターも分散したい話。
投資と向き合うとたぶん目にする二2択の話。
頂いたサポートは、美味しいものを経て、私の血となり肉となり次の作品となる。