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「イワンのばか」が終わらない

地方から東京に出てきた若い両親のもとで、
三人兄弟の一番上として生まれ、
経済的に大変な幼少期を過ごした。
小さい頃からそんな家の事情を慮り、
欲しいものがあっても滅多には言わない
そんな子どもだった。

本を読むのが好きだったが、
新しい本を買うことは難しく、
幼稚園の頃は持っている本を何度も読んだり、
小学生になると教科書を何度も読んだりしていた。

小学校3年生のときに
図書係に立候補して選ばれた。
図書係は、学校の図書館にある本を整理したり、
貸出カードを貼り替えたりすることを
手伝う作業をする。
割と人気がある係だった。

この係が大好きだった。
いろいろな本を並び替える作業では
どんな本があるかを知ることができたし、
図書室の本の匂いも好きだった。

図書係をやっていることを伝えた年の誕生日に、
滅多にプレゼントなど買わない父が
本を買ってきてくれた。
レフ・トルストイの「イワンのばか」だった。

図書係をしていたが、
この本の知識はまだなかったので、
『”ばか”なんてタイトルについているけど
悲しかったり辛かったりする話なのかなぁ』
と読む前にちょっと怖い気持ちがした。

読み始めると、三人兄弟の話で
二人の兄はそれぞれ軍人と商人で
ばかのイワンと呼ばれている主人公は
手を動かして懸命に働く男。

何章が読み進めて、さて次の章を読もうと思ったら、
また第1章に戻ってしまった。
あれ?どうして第1章に戻るんだろう?
そういう仕掛けなのか?

再び出てきた第1章からパラパラとページを
めくってみると、次は第2章、そして第3章と
また最初からやり直しているような状態。

最後までパラパラめくってみたが、
ちょうど半分くらいのところで、
また最初からその半分が繰り返されていた。
いわゆる「乱丁」の状態だったのである。

帰宅してきた父に乱丁であることを伝えた。
しかし、父はそんなはずはないといって取り合わない。
なぜ取り合わないのかわからないが、
これでは話がさっぱりわからないと訴えるも
よく確認しろと言うばかり。

弟と確認してみたが、やはり乱丁だ。
本の最後の方をみると、乱丁や落丁の場合は
返送してくれたら新しい本と交換してくれると
書いてあったから、母に相談してみるも、
プレゼントしてくれた本ではなくなるけど
それでもいいのかと問われた。

確かにそうだ。
乱丁のこの本がプレゼントしてくれた本なのだ。
ほとんどプレゼントなどしない父が
私に買ってきた本なのだ。

先が読みたい自分と、プレゼントが大事な自分。
それからかなり長い時間悩んだ。

実家の本棚にある「イワンのばか」は
いまだに終わりが見えない本のまま。
いつまで経っても終わらない
父の形見の本なのだ。


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