炭酸入り杏仁豆腐
いつも使っている職場の自販機では月曜日に補充が行われて商品のラインナップは2週間に1回くらいくらい変わる。その施設の職員しか使わない地下に設置してあるからお試し価格と銘打って一般的な自販機より安価で飲み物が提供されている。正直なところ目を引く商品はないのだが安価であるからいつも90円でペットボトルのいろはすを買っている。身体を動かす仕事であるから水が安いのは助かるのだ。
先日、恒例のラインナップの変更が行われて夏の間にレギュラーを張っていたペットボトルのリアルゴールドに代わり缶のドクターペッパーがメンバー入りしていた。
ドクターペッパー、、、存在は耳にしていたが街中で見た記憶は無い。いや、見たことはあるのだろうが目に入っていなかったのだろう。話題に上がることが多いということは美味いという人と不味いという人に別れる商品だ。賛否両論というと聞こえはいいが個人的な統計によると7割くらいは否の方の意見である。個人的な統計に基づく個人的な分析によると賛否が別れるものというのはクセが強いものである。
例としてパクチーをその代表に推薦したい。パクチーのそのエスニックな香りと唯一無二の独特な味は熱狂的なファンになるか猛烈なアンチになるかのどちらかの選択しかないわけだ。普通という選択肢はない。
ペッパーという言葉の響きはぼくの頭の中で香辛料の香りを漂わせていた。どんな味かは想像できないがきっとひと癖もふた癖もあり一部のファンを強烈に虜にしているのだろうと思った。これがぼくのドクターペッパーに対する長年のイメージであった。
疲れた身体にひと時の癒しを与えるために自販機に小銭を投入し、いつも買うスプライトに伸びかけた指は10円高いドクターペッパーのボタンを押していた。普段炭酸が飲みたい時はスプライトを飲んでいるのだが、この日は安定よりも冒険したい気持ちが勝った。こどもの頃はそうでも無かったのになぜか歳を重ねるにつれて好奇心が高まっている。もしかしてぼくはベンジャミンバトンなのかもしれない。
ボタンを押した数秒後にガタンと上から落ちてきた赤い缶のジャケを確認すると20種のフルーツフレーバーとの文字があった。ぼくの頭の中で香っていたスパイスの香りをその文字が打ち消した。もともと分からなかった味がさらに分からなくなった。実に面白い。
福山雅治が乗り移ったぼくはプルタブを引き、プシューという音を響かせた後に謎多き液体を喉に流し込んだ。
え???甘い、、、!?
想像と全く違う味すぎて一瞬思考が停止したが、甘いということだけは分かった。なんだこれは、、、美味いじゃないか。今までなんで誰も教えてくれなかったのか。脳内ではスタンディングオベーションが起こり授賞式が行われ、現実ではごくごくと喉を鳴らしながら赤い缶の中があっという間に空になった。
この新たな出会いの感動を今すぐ誰かと共有したかった。雑談が好きな職場の先輩へ早速報告会を開催した。
「ドクターペッパー初めて飲んだんですけどマジで美味いですね。なんかめっちゃ不思議な味なんですけどなんなんですかねあれ」
「あれ杏仁豆腐みたいな味するよね」
「!!!」
腑に落ちた。奈落の底まで腑に落ちた。そしてその後に電撃が走った。青いイナズマがぼくを責めた。
「ってことは炭酸入り杏仁豆腐じゃないですか!!!」
気づいたらノーベル賞級のテンションでこの言葉を発していた。ぼくの中で世紀の大発見だった。
ぷよぷよの名人くらい衝撃が連鎖し、冷静さがばたんきゅーしていた。
ちなみにこの後、杏仁豆腐の話から中華の話になり最終的に西葛西にある24時間営業のボリュームたっぷりのお弁当屋さんの話になるのだが、その話はまた今度。