ボイルドエッグズと村上達朗
先日は村上達朗の訃報にたくさんのお言葉を寄せていただきありがとうございました。こんなに多くの方が父を悼んでくださること、驚きとともに深く感謝申し上げます。
Xではお知らせのみとなりましたが、こちらで少しだけ経緯を綴ろうと思います。
村上が体調を崩して入院したのは今年7月半ばのことでした。
それまでは普段と変わらぬ生活を送っていましたが、腰痛が急激に悪化し、7月末に肺がんと診断されました。
腰痛は肺からの転移とあって、状況は深刻でした。
治療開始と同時に、怒涛の引き継ぎが始まりました。
起き上がることも困難な容態でしたが、村上の頭は冴えていました。
エージェント業務だけでなく、経理処理からホームページ管理のやり方まで、リモートで細かな指示が飛んできました。
横たわって読んだ原稿を指差し「ここの字下げは半角スペース二つ分だ」と目ざとく見つけるほどでした。
エージェントとしての心構えも叩き込まれました。
「作品がよくなるなら衝突を恐れるな」
これでは敵も多かろうと正直思いました。案の定、衝突はときに大きな成功を生み、ときに大変な失敗を生んだようです。反省を語る場面もありました。
良くも悪くも起伏の激しいエージェント人生でした。
ですが、晩年となった今年は村上にとって良い年だったように思います。
万城目学さんの『八月の御所グラウンド』の直木賞受賞。
尾崎英子さんの『きみの鐘が鳴る』のうつのみやこども賞受賞。
大石大新作『いいえ私は幻の女』発売、坪田侑也『八秒で跳べ』の重版と長野県社会福祉審議会での推薦図書指定など、まだ公開できない情報含め、入院してからも良い波は続きました。
『いいえ私は幻の女』の見本が出来上がったときの満足げな顔が記憶に残っています。
今月発売の滝本竜彦さんの新作『新NHKにようこそ!』、来月発売の三浦しをんさん『ゆびさきに魔法』を手に取れず、今ごろきっと悔しがっていることでしょう。
村上の書斎の壁にはおよそ20年前から『NHKにようこそ!』岬ちゃんのポスターが貼られ、本棚の一角にはこれまでの三浦しをんさんの著作がずらりと並んでいます。
私にひと通りの仕事を教えると、村上の容態は徐々に悪化していきました。
しかし最後の数日は、検査結果に反して不思議な回復を見せました。
笑顔もあり、長時間の会話も可能でした。
命の危険を察知した細胞がその人を生かそうとすることで起きる、ラストラリー(最後の回復)という現象があるそうです。
幸運にもそのさなかにかねてからお世話になっている方数名との面会が実現し、亡くなる前日まで本づくりについて熱弁を奮っていました。
退院したら皆様にお会いしたいと村上自身望んでおりましたので、お引き合わせができなかったことを大変心苦しく感じています。
いっぽうで、村上がエージェントのまま人生をまっとうでき、よかったと思っています。
「死ぬまで仕事する」と以前から口にしていました。
それが叶ったのは、日本でまだ馴染みのなかった著作権エージェントを受け入れくださった皆様のお力添えあってこそだと思います。
長きに渡り、本当にありがとうございました。
これまでの村上の活動を、タニグチリウイチさんが記事にしてくださりました。
三浦しをん、万城目学を輩出した著作権エージェント「ボイルドエッグズ」が築いたものーー村上達朗氏の訃報に寄せて
創業当初から見守っていただいていたタニグチさんならではの踏み込んだ内容に、心から感謝いたします。
最後に、現在のボイルドエッグズについて少しだけ記しておきます。
実は昨日までゲラの確認に追われていました。これも良い波の一つ、マーニー・ジョレンビー新作のゲラで来年の発売に向けて準備を進めています。心が震える素晴らしい作品です。
また先週、遠坂八重の新作『死んだら永遠に休めます』も情報解禁となりました。
実は村上の件を受け、遠坂は「このタイトルでご家族の皆様は大丈夫ですか」と心配してくれましたが、このタイトル以外は考えられない傑作です。
村上本人もいたく気に入っていたので、万が一変更でもしたら怒られると思います(笑)
休止中のボイルドエッグズ新人賞は来年の再開を目指しています。
作家の卵を見つけ出し、絶妙なゆでかげんで、もっとも望まれた場所へと届ける。
そんな思いから名付けられたボイルドエッグズなので、競争入札形式の新人賞はなくてはならないものです。いいお知らせができるよう、模索の日々が続きます。
ボイルドエッグズは村上ありきの会社でした。
そのぶんこれからが大変ですが、だからこそ、ここで終わることなく残していくべきものがあると考えています。
がんばりますので、見守っていただければ幸いです。
追伸:
・皆様にご挨拶のお手紙をお送りいたしましたが、住所録の不備などで網羅できていない可能性があります。もしお心当たりの方はお手数ですがeggs@boiledeggs.comまでお知らせいただけますと幸いです。
・ボイルドエッグズの森薫は漫画家の森薫氏とは別人です。少し前にある賞をいただき、細々執筆を行っています。いつか作家とエージェントの立場で父と本づくりをしたかったので、間に合わずとても残念です。
会社継承の背景もあり森薫が喪主を務めましたが、村上の妻(森の母)は友人家族と支え合い健康に過ごしています。母と面識のある方にご心配をおかけしていましたら申し訳ございません。