感想:映画『エクストリーム・ジョブ』「庶民の味方」としての警察

【製作:韓国 2019年公開(日本公開:2020年)】

精力的に活動するものの、なかなか成果のあがらない警察の麻薬捜査班。
班長のコ・サンギが先に出世した後輩のチェ課長に情報提供を受けたことにより、彼らは麻薬密輸組織のボスであるイ・ムベの手下達が集うビルの一室の前で張り込みを行うことになる。
班員のミスで周囲の住民に訝られたことをきっかけに、カモフラージュのため、捜査班は監視対象のビルの真向かいのテナントでチキン屋の営業を始める。
やむなく始めたチキン屋だが、オリジナルメニューが人気を博したことで大繁盛し、捜査班は店の切り盛りに追われることに。
イ・ムベが現れた際にも対応できず、窮地に陥る捜査班だったが……。

組織内であまり評価されていない麻薬捜査班を主役にしたアクション・コメディの本作は、二転三転する展開と巧みな構成で観客にカタルシスを与える娯楽作だ。

作品の核を成すのは麻薬捜査班が営む「チキン屋」である。おかずや酒のつまみなど、韓国では人々が手軽に食べられるポピュラーなメニューであるフライドチキンを軸に、本作では「庶民の目線」を重視して物語が進む。

麻薬捜査班は、安月給で手当も十分とはいえない環境で働いていると語られる。
年功序列の文化が根付く韓国で「後輩に出世の順番を抜かされる」ことはプライドや外聞に大きく関わることであり、給料が安いことも相まってコは家庭で肩身の狭さを覚えている。
捜査でも予算を気にして大胆に振る舞えない彼らの姿は、市井に生きる多くの被雇用者の感情移入を促すものだ。
この「等身大」の姿をさらに補強しているのが登場人物の装いである。麻薬捜査班は張り込みで一般人を装っているため、ほぼ全編を通して私服である。彼らの着るジャージやライトダウンは黒・白・灰の3色に集約され、いかにも量販店で買った普段着という趣だ。実際のファストファッションがカラーバリエーション豊富であることを考えると「地味すぎる」とさえいえるこの服装も、捜査班のメンバーを「庶民」として規定する役割を果たしている。

捜査班が営むチキン店の在り方もまた、庶民の立場を重視したものである。
家族経営という体裁をとり、実際にマ・ポンパルの実家の焼肉店の味を受け継いでいる同店では、ひとりひとりの客に真摯に向き合うことが志向される。
丁寧に仕事をするうちにチキン店の経営者・スタッフとしての目線を内面化していく捜査班は、人払いのためにやむを得ずチキンの価格を釣り上げたことをメディアに批判されれば本気で反省し、全国チェーン化で接客・サービスの質が落ちた際には憤りをあらわにする。
顧客の足元を見るような価格設定、巨大資本による飲食店チェーンの在り方やサービスの質を問う姿勢もまた、消費者である鑑賞者が共有しやすい問題意識といえる。一対一のコミュニケーションや丁寧な仕事への称揚もポピュラーなものだ。
麻薬組織のボスであるイ・ムベやテッド・チャンが、チェーン店の流通網や利便性を麻薬の販路拡大に利用しようとしていることからも、本作が権力による搾取への批判を含んでいることがわかる。

チキン店の営業の在り方をネガティブに取り上げられたことが、かえって麻薬組織を追うことに寄与するというアップダウンに富んだストーリーラインに加え、上記のように捜査班への同一化を促す描写が重ねられる本作は、麻薬組織との直接対決を迎えるクライマックスで大きなカタルシスを生む。
捜査班のメンバーは、実は5人中3人が柔術・格闘技などで抜きん出たキャリアを持つ実戦のスペシャリストであり、肉弾戦ではひとりで複数人を相手にできる。
麻薬組織とのアクションシーンで、捜査班はこれまでのままならない展開を一挙に取り返すかのようにスムーズに相手を制圧していく。感情移入したキャラクターが実力を発揮する様子は鑑賞者に爽快感をもたらすものだ。
一方で、コとキム・ジェホンの特性が「打たれ強さ」(どんな攻撃を受けても折れない/厳しい野球部出身で忍耐力がある)であることは、捜査班を「超人集団」として飛躍させすぎず、鑑賞者に通ずる存在として規定する効果がある。
コはイ・ムベと1対1の殴り合いの末に勝利し、捜査班はライバル関係にあるふたつの麻薬組織を一斉検挙するという大きな成果をあげる。

班員全員が特進するラストシーンで初めて、捜査班は制服を身に纏う。上述した地味な普段着とのコントラストが、彼らの成功を一層強く印象づけ、物語は大団円を迎える。

個人的には警察の権力的な性質が度外視されている点が気になった(クライマックスで発砲をコメディとして扱うくだりがあるが、これは良くないと思う)
「制服の格好良さ」がラストで際立つ構成も、プロパガンダ的な無邪気な警察賛美に応用できそうで、ちょっと恐ろしく感じた(本作にそういった意図があるとは思わないが)

全体的に社会的なトピックを取り込みつつ、緩急の効いた展開で鑑賞者を引っ張り続ける、とてもよくできた作品だと思った。それ故に、観客に多大な影響を与えうるエンターテインメントがどのように利用されているかについては意識し続けていきたい。

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