流木とおじいさん
「えっ、これすごい」
「全部ひとりで作らはったんですか」
並べられた流木作品の数々に
看護師さんと2人
息をのんだ。
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それは、私が
山奥の診療所で働いていた時の話。
そこは、いわゆる限界集落と呼ばれる地域。
市内から30分ほど
トンネルをいくつかくぐり
山道を車で走らせると
昔話に出て来そうな
茅葺き屋根の日本家屋が現れる。
街道沿いに数軒ずつ点在する集落に店はなく
交通手段は
自家用車か、日に2本の路線バスのみ。
住みづらいこともあり、
ケガや病氣をきっかけに
この場所を離れる人が年々増えている。
そんな中、1人気になる男性がいた。
そのおじいさん・Bさんは
定期的に「いつもの薬」をもらいに来る
診療所の常連さんだった。
しゃんとした背筋、ハリのある声に
「おいくつだったっけ?」
と紙カルテの表紙を見返しては
実年齢とのギャップに驚く。
「お若いですよね」
お世辞ではなく、そう呼びかけるのが
お決まりのやり取りになっていた。
人は医者にかかるとき、
よそ行きの顔になる。
心身の変化が始まっても
診療所で待っているだけでは
その人の本当の顔を知るのは難しい。
山での暮らしを諦める同世代も多く
近所づきあいも減っていく中、
Bさんは何を頼りに
ここでの生活を続けているのか?
その若さの秘訣は何か?
暮らしぶりを知りたくて
休診の時間に
年配の方のお宅訪問を始めた。
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Bさんのお宅は、
山奥の小さな集落の片隅に立つ一軒家。
細長い納屋の扉を開けると
整然と並んだ流木作品が現れた。
木の枝を掘って作られた龍や魚。
水に浮かべたら、そのまま動き出しそうだ。
「えっ、これすごい」
「全部ひとりで作らはったんですか」
「こうやって手動かすの、好きでしてな。
ボケ防止にもいいですやろ」と、Bさんは微笑む。
「そこの河原で拾ってくるから
材料費はタダや。
夢中になってたら、
知らんうちに一日経ちますねん」
わたしたちは、しばしの間
作品解説を楽しみ
Bさんの家を後にした。
訪問して見えたのは、
予想以上に豊かな世界だった。
「そらここで暮らしたいですよね」
わたしの言葉に、
同行したベテラン看護師さんがうなずく。
「子どもさんの家に越したら
さすがにここまではできんと思いますよ」
「もういい年だから」
「何かあったときに心配だから」
街中の家族と同居した方が安全
というのは簡単だ。
でも、そんな
いつ起こるか分からない「万が一」よりも
今を幸せに自立して生きる。
そんな事の大事さを
Bさんが教えてくれたような氣がした。
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年を追うごとに
診療所を訪れる人の数は減り、
やり甲斐と使命感を天秤にかけ
悩んだ挙げ句、
わたしは村を離れた。
あれから数年経つ。
Bさんはどうしているだろう。
今もあの家で
静かに暮らしているのだろうか。