AIや機械化は仕事を奪うのかという議論の現在(2025年1月)
生成AIは2022年11月に登場し、その高い技術力と社会的インパクトによって世界的な注目を集めた。だが、生成AIをめぐる最大の関心は、依然として雇用への影響である。2013年に英国オックスフォード大学のマイケル・オズボーンが「47%の雇用がAIに奪われる可能性がある」と発表したとき、多くのメディアは「職の半分が消える」といった刺激的な表現を繰り返し人々にAIへの恐怖を植え付けた。その後、メラニー・アーンツが9~12%という、より低い推計値を示し、さらにOECDが継続的に研究成果を公表することで、「AIが雇用に与える影響は、OECD諸国全体で雇用の1~2割程度」という共通理解が広がった。2014~2017年頃に「AIと雇用」という研究ブームが起こったのも、この一連の推計が大きく関係していた。
しかし、RPA(Robotic Process Automation:ソフトウェアロボットによる業務自動化)技術の台頭や情報処理能力の急速な向上によって、これまで「ロボットによる人間の単純代替」という発想を超える変化が訪れた。それは複雑な事務作業や高度な知識労働であってもパソコンで処理する範囲であればAIが担えるようになったのである。この流れを踏まえ、OECD (2021)は高度なスキルを必要とするホワイトカラーの職業がむしろ影響を受けやすいと分析し、かつAIに適応できるデジタルスキルを持つ労働者は収益を高める可能性があると報告している。2022年11月のChatGPT登場によって、一気に普及し始めた生成AIは、文書や画像、音楽などさまざまな成果物を生成できるだけでなく、人間とのインターフェースが極めて自然である。このため「創造的なコンテンツを作る」というこれまで代替が困難と考えられていた領域までAIでできるようになり、以前より広範な職業に影響を与えると考えられるようになった。
2023年以降、OECD、ILO、IMFの3機関が新たな推計値を発表しており、事務職の約4分の1が生成AIによって代替されると試算するなど、その数値はオズボーンらが示した1~2割を上回る。特にILOは、女性や高齢者、あるいは低学歴の労働者が影響を受けやすいと分析し、彼らの適切な再教育や技能訓練を怠れば、社会的格差が深刻化する恐れがあると警告している。一方、高学歴者や若い労働者は、転職やスキル獲得が容易なため、新しいAI技術を使いこなし、さらなる収入の上昇を実現するチャンスを得られるとする見方もある。
こうした状況を受け、国際機関はいずれも政策対応の重要性を強調している。政府や企業がAI導入の恩恵を最大化するには、労働者のスキル再編成、いわゆるリスキリングや社会的セーフティネットの整備が欠かせない。AIの急速な発展は、雇用を完全に破壊するのではなく、一部のタスクを自動化しつつ労働者が別の業務へ移行する流れを促進する。従来の自動化と比較して、高度な知的労働にまで影響が波及する一方、生産性向上が全体の雇用や所得を押し上げる可能性もある。したがって各国は、雇用喪失が生じても社会全体の利益を伸ばす体制を整え、テクノロジーの恩恵と課題の両面を視野に入れて政策を立案することが求められている。
2014~2017年の研究ブーム時と異なり、今や「生成AIと雇用」の大筋の結論はほぼ出揃いつつある。もはや「雇用がどうなるか」という不安だけでなく、生成AIをいかに企業や国力向上に活用し、同時に適切な規制と労働者保護を進めるかという現実的な議論が活発になっている。今後は、先進国を中心にさらなる研究が加速しようとも、ILOやOECD、IMFの推計を超える議論の大きな転換点はないだろう。最終的に注目すべきは、生成AIの導入による新たな成長機会を逃さず、社会的摩擦をいかに軽減していくかである。
参考文献
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岩本・波多野(2017), 日本経済新聞経済教室面「やさしい経済学」連載, 「AIの雇用に与える影響を考える①~⑧」, 岩本晃一 , 波多野文, 2017年 11月6日~16日
岩本・田上(2018), 「人工知能 AI等が雇用に与える影響;日本の実態」RIETI Policy Discussion Paper Series, 18-P-009, 岩本晃一, 田上悠太, 2018年5月
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OECD (2023), EMPLOYMENT OUTLOOK 2023, Artificial intelligence and jobs