【Emile】10.覚悟
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「オヴ、今日も練習?」 ご機嫌で鼻歌を歌う少年がいました。
赤土色の少年。新品の綺麗なピアノ、足のつかない椅子。
「うん、私、ピアノが嫌い。でも、練習しなきゃ」
「そっか、僕は好きだよ。ピアノ。そうだ。ねぇ、いっぺん好きなように弾い
てみてよ、オヴ」
「好きなように?」
「そ、心のままにさ、音楽は、僕とオヴを繋ぐものだから、離れ離れになっても思い出せるだろ?」
「離れたくないよ…」
「僕もそうだよ。たとえの話だよ。でも、あの人たちは、僕のこと嫌いみたい。だからね、オヴもそのうち、ああなるんじゃないかって。」
「ならないよ。ずっとそばにいるよ。ヤタカ、あなたのこと愛してるわ。」
「僕もだよ、オヴ。」
いつからだろう。
いなくなったのは。
ずっとそばにいたのに。
傷つけたくなかった。
だから閉じ込めた。
守りたかった。
「いい歌だろ。」
ご機嫌で鼻歌を歌う少年がいました。
「この曲を歌うと、あの子と通じ合えるんだ。」
「一人で寂しいだろ、ヤタカ。」
「エルが思うほど。さみしくないよ。この子たちがいる。」
ヤタカの周りにはイドが楽しそうに遊んでいました。
「寂しいのは、オヴの方だろうね。オヴは寂しがりだから。誰も気づいてないけどね!
で、どうだった?オヴは」
「立派な女性になっていたよ。君のことはもう、覚えていないだろうね。
今の彼女には、王を殺すことだけしかない。
「オヴは君のことを心底恨んでる。たとえオヴがそうでなくとも女王が君が生きるのを許さない。君の正体を知った時には、躊躇なしに殺しに来るだろう。」
「そうだろうね。」
「僕はオヴのこと、愛しているよ。どんなにオヴが僕のこと嫌いでも、僕はオヴのこと、大切に思ってる。」
ヤタカは天井を見上げ
「僕たちはずっと一緒にいたんだ。」
オヴとヤタカは、まるで双子のように生まれた時から共にいました。しかし、 オヴはある時からヤタカを無視するようになったのです。そしてヤタカを暗い所に閉じ込めたのです。
「仕方ないさ。オヴは完璧な女王じゃなくてはいけない。」
女王は、罪を犯しました。あの夜、自らナイフで腹を割きました。
女王に死なんてものは、怖くありません。
なんていうのは、嘘でした。自分の気持ちに蓋をしていただけだったのです。
彼女は死ぬ間際にして、「生きたい」と、強く願う、自分の本心の声を聞いてし
まったのです。自分の姿を見てしまったのです。
赤く染まった無垢な女王は死んでしまいました。そして、今まで失っていたこ
とに気づいたのです。
「女王が失ったのは、綺麗な世界だ。
オヴが、あのナイフで僕を殺して大人になれば、二度と苦しむことはないだろう。
正真正銘の望まれた女王になる。」
エルは俯くヤタカを見ていました。
「二度とあえなくなるけど、いいんだ。」
「構わないよ。たとえ僕が死んだとしても、僕はオヴの側にいる。」
女王は、罪を犯しました。あの夜、自らナイフで腹を割きました。
女王に死なんてものは、怖くありません。
なんていうのは、嘘でした。自分の気持ちに蓋をしていただけだったのです。
彼女は死ぬ間際にして、「生きたい」と、強く願う、自分の本心の声を聞いてしまったのです。自分の姿を見てしまったのです。
赤く染まった無垢な女王は死んでしまいました。そして、今まで失っていたことに気づいたのです。
「女王が失ったのは、綺麗な世界だ。
オヴが、あのナイフで僕を殺して大人になれば、二度と苦しむことはないだろう。正真正銘の望まれた女王になる。」
エルは俯くヤタカを見ていました。
「二度とあえなくなるけど、いいんだな。」
「構わないよ。たとえ僕が死んだとしても、僕はオヴの側にいる。」
「本当にいいのか、オヴ。」
オヴは、自ら作った秘密基地を出るときに
この部屋を消すことにしたのです。
過去を、なかったものに。
「仕方ないさ。オヴは完璧な女王じゃなくてはいけない。」
「エル。私は、王を殺して綺麗な世界を取り戻す。」
「本当なんだね。覚悟はあるのか?」
「覚悟なんて必要ない。実行するだけ。」
「君はそれでいいのかい?」
「誰であろうと同じ。私が女王ならば尚更。」
「辛くはないか?」
「なんで、そんなこと聞くんだ。私は辛くない。」
「オヴ、これからは君が先頭にたつんだ。」
時は変わらずに進んでいく、女王に最も近く、誰よりも優秀なオヴが、皆を引き連れるようになったのです。
「すごいね。まだ若いのに。」
オヴはその時、もう十七歳になっていました。髪も伸び、背も高くなっていたのは、時の流れを表していました。人は老い、永遠のものではなくなった。
あの日、女王が死を生み出した。それと同時に生まれたものがあった。しかし、オヴは、その声をもう聞こうとしない。再び、時を止め、綺麗な世界に戻す。
それだけを考えていた。女王として、皆が幸せになることを望んでいるのです。
守り、傷つかないようにするそれこそが、愛であると思っていたのでした。
先頭にたった彼女は、王を殺しにいく。彼女は女王の声にしたがって。
オヴはある日、卒業した学校に向かいました。後輩たちに演説を行うためです。
演説が終わると、オヴの周りには人だかりができていました。
「わたし、あなたのような人になりたいのです。」
彼女はたくさんの人に囲まれていました。彼女は 1 人じゃありません。
「ワン、ワン」
オヴが校庭に出ていると、丁寧にブラシングされた犬が 1 匹オヴに向かって走ってきました。
その犬は、オヴにずっと会いたかったかのように抱きついたので
した。オヴは、それに触れようとした時
女王の声が聞こえたのです。
「キャウ!」
犬の鳴き声が響きました。
オヴがナイフでその犬を切りつけたのでした。
「お前、何やってるんだ!」
オヴにあるひとりの青年の声が迫ってきました。
「ドーナ!!」
青年は、犬に駆け寄り、血を流して、鳴き叫ぶ犬を抱きしめました。
「オヴ、お前、オヴだろ!」
その青年は、オヴのことを知っていました。
「こんな汚い犬、早く処分した方がいい。」
オヴはそう言ってその場を離れようとしました。
「汚くなんかない。」
ごめんな。ヤタカに合わせてやれないままで」
「ヤタカ?」
「知らないのか。あれほど一緒にいたのに!薄情なやつだ。お前は。
ヤタカがどれだけお前のことを思っていたのか、今になってもわからないのか。」
「わからない。」
「ヤタカはいなくなって正解だよ。お前の顔をみなくてもすむからな。」
青年は、横たわる犬を静かに優しく撫でていました。
その後、オヴは仲間を引き連れて施設を出て行きました。
オヴは、オブの今のナイフであれば、王を殺すことができるという自信がありました。
王の居場所は、オヴにはずっと、わかっていました。しかし、それを殺す覚悟を持ち合わせていなかったのです。
オヴは、ベールを身に纏いました。
王を殺した後、みんなに顔を見られないように。
オヴは、王を殺すために、ぬかるんだ道を進んでいきました。
イドらは王を守るために、黒い兵士は女王を守るように泥の中をかけて行きました。その戦いは、とても醜く、苦しいものでした。