【Emile】0.はじまり

「ごめんね」

深夜1時9分。その日は、とても綺麗な夜でした。

人々は、眠りにつき、夢の中でした。
一人の逸れた蟻のような、小さな迷子の子どもがいました。その無垢な少女は、無花果の様な赤いドレスを身に纏い、 頭を抱え、目を塞ぎ、白い花の絨毯の上に、まるで胎児のように震えながら丸まっていました。


少女の恐怖の対象は、目を背けたくなる様な、とても醜い姿をしていました。それを受け入れることは許されず、目を逸らし、拒み続ける少女に手を差し出すその塊は、少女がその手を取ってくれることを待ち続けていました。

塊は、少女と向かい合い、見つめていましたが、二つの目線が合うことはありませんでした。そして、少女から流れていく赤い血は、一面に広がる白い花を赤く染め、枯らしてしまったのです。

無垢な少女は死んでしまいました。自らナイフで、腹を割いたためです。涙を目に貯め、横たわる幼い少女が着ていたはずの白いドレスは、赤く染まってしまい、輝きを失っていました。

これが、この世界の「罪」であり「死」の誕生でした。その光景を傍観して いた [オヴ] は、初めて死に触れ、醜いものに取り憑かれてしまったのです。

夜が明ける頃、オヴは赤く染まった地面で目を覚ましました。少女が死んだ場所には、心臓のような大きな赤い塊が、根を張り、脈打っていました。すると、オヴの隣には青い目をした一人の少年が立っていました。オヴよりも見た目は 幼く、どこか懐かしさを感じさせました。それが、オヴにとって初めての出会いだったのです。

オヴは、彼の目が嫌いでした。
確かな存在感を放ち、光がオヴに向けられるのです。暗闇ならば、姿を見ることも、見えることもありません。しかし、その光で彼はオヴの姿を見て、そしてオヴも彼の姿を見るのです。

それは、ほんの一瞬でした。しかし、オヴがこれまで生きてきた中で1番長い時間だったかもしれません。彼と出会い、彼と眼が合った瞬間。時が止まり、この世界で自分と彼だけが存在しているのでは
ないかという気になったのです。


オヴは、得体の知らない恐怖を覚えました。
オヴはその時、自分の心臓の音と、 呼吸の音しか聞こえていませんでした。彼は、オヴが立派な兵士になった時には、行方を眩ませていました。彼の強烈な存在は、オヴが大人になる頃には、消えていったのです。

「女王様は、あなた達、我が子を心から愛しています。これは贈り物です。正しく使うように。」
オヴが十三になって初めて迎えた朝、オヴの部屋には小包が届いていました。

茶色の袋の上には女王様からのメッセージカードが添えられており、オヴはそれを一瞥し、カードを側の机に起きました。そして、小包を丁寧に解きました。中身は、蟻ように黒い色の制服、手帳、そしてハンドル部分に穴のあいた小さなナイフでした。これらは、十三歳を迎えた子ども達を祝福して送られる代物で、皆、届くのを心待ちににしているのです。

オヴの、この日の目覚ましは、 隣の部屋からの喜びの声でした。彼らが、こうも女王様に祝福され、喜びに満ち溢れる理由は、今日で、正式に兵士となったからです。それは、大人に近づいたということを表していました。

彼らが戦っているのは [ イド ] と呼ばれる醜い肉の塊でした。イドらは、謎が多く、誰もその正体がわからないのです。

なんのために生まれてきたのか。
どこから生まれてきたのか。
検討もつかないのです。しかし、奴らはとても攻
撃的で、女王様の心臓を狙っています。今まで何人もの兵士が、攻防戦が繰り広げられては戦いに破れ、大人になれずに死んでいったのです。


オヴたちは、以前学校で、[ 女王の愛 ] の使い方を学んでいました。女王の愛とは、この世界の子どもたちが誕生した時に、女王様である母親からの贈り物
で、肌身離さず持ち続ける綺麗な赤い宝石です。
学校で共に寄り添ったこの宝 石を宛がったナイフだけが、イドらを殺すことができるのでした。
イドらは自分たちが生きるために、女王の心臓を狙っているのです。

オヴは、ナイフを手に取り、しばらく眺めては一言呟きました。「王を殺す。」

そう、宣言したオヴの頭の中では、学生時代の一人の男が頭をよぎりました。オヴはその男のことが嫌いでした。しかし、四六時中一方的につきまとってくるため、必然的に一緒に過ごすことが多かったのです。

オヴは優秀な生徒だったため、たくさんの人達の囲まれていました。しかし、頭の中に残ったのは、 その男だったのです。

オヴは、兵士になる前日にその男と交わした約束、オヴの [ 王殺し ] の宣言に到るまで、学校で共に過ごした日々を思い返していました。
そして、頭に残った奴が、最後に残した言葉。オヴは新品の制服に着替え、手帳を胸ポケットに入れ、ナイフを腰に忍ばせました。そして、赤く綺麗に輝く 装身具を身につけ、ドアノブに手をかけて呟きました。

「忘れてないよ。」

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