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月の砂漠のかぐや姫 第325話

「いいぞ、頑張ってくれっ。あの大きな割れ目を通じて、理亜たちを地上に吹き出してくれっ!」
 ギュッと両の拳を握り締めながら、王柔は叫びました。
 その声に奮い立ったのか、月夜に輝く湖面のようにキラキラとした青い光で周囲を明るくしながら、水柱はグングンと立ち上がっていきます。
 でも、その様に一気に進んでしまって良いものでしょうか。もしその狙いが少しでもズレていれば、水柱は天井にある亀裂を通り抜けるのではなく、硬い岩盤でできた天井そのものにぶつかってしまいます。そうなったら、その水柱で打ちあげられた羽磋たちにまで、影響が及んでしまうのではないでしょうか。
 いまの羽磋たちがどのような状態であるのかは王柔にはよくわかりませんが、激しい勢いで固いものにぶつかれば、水柱は分解して広く飛び散ってしまうでしょうから、その中にいる羽磋たちも無事では済まないであろうとは考えられます。それに、地下世界の天井はとても高い所にありますから、そこから地下世界の地面に落下したとしたら、それだけでも命に係わる大けがを負うことは間違いないでしょう。やはり、水柱が地上に向けて立ちあがった事だけで、全てが成ったように喜び安心するわけにはいきません。
 水柱の昇って行く先を凝視している王柔は、理亜と羽磋が無事に地上に辿り着くようにと、月の精霊への祈り言葉を何度も心の中で繰り返さずにはいられませんでした。
 空気を切り裂きながら飛ぶ矢のような鋭い音を立てながら、水柱は地下の大空間を登り続けます。それは、よほど大きな力で噴出されたのでしょう。通常、間欠泉が吹き上げる水柱の勢いは、始めは強くても高さが上がるほどに衰えてしまいます。やがてその空に向かっていた水先は解けて、地上に向けてバラバラと落下していきます。ところが、この青い水柱は、勢いが弱まる気配をまったく見せていませんでした。
 そして、濃青色の球体が放った水柱は、ついにその狙ったとおりの場所に到着しました。
 地下世界の天井に生じている亀裂のいくつかは、地上にまで繋がっています。王柔たちの頭上に開いていた亀裂からは、太陽の光が黄白色の帯のようになって地下世界にもたらされていましたから、それはまちがいなく地上に通じている亀裂の一つでした。
 丘の上に立って天井を見上げている王柔の周りには、無数の水滴や細かな岩の破片が、パラパラッと落ちてきました。
 水柱はその明るく輝く開口部にとてつもなく強い勢いで入り込みました。恐れていたように天井を形成する分厚い岩盤にぶつかったのではないのですが、水柱が到達した時に生じたと思われる、ゴゴンッという地震に似た大きな振動が、王柔の足元にまで伝わってきました。
 地上から地下世界まで亀裂の内部が繋がっているのは、地下世界に光が差し込んできていることから間違いは無いのですが、それは決して広くて真っすぐな通路ではありません。そのため、天井の開口部から入った水柱が地上にまで吹き上がるためには、その内部の砂岩を削り取りながら進まなければならなかったのです。
 水柱は全量が打ち出され、亀裂を通じて地上へ登って行きました。そのため、それが地下世界に発していた鮮やかな青の光は、消えてなくなりました。地下世界の地面にはこれまでに球体が流した青い水が流れていますから、そこが完全に闇で満たされてしまったわけではないのですが、王柔には周囲が急に真っ暗になってしまったように感じられました。
 王柔は、水柱を飲み込んだ天井の亀裂を、じっと見上げ続けていました。少しの間をおいて、彼の口から小さな独り言が漏れ出ました。
「理亜、元気で・・・・・。羽磋殿、理亜をよろしくお願いします」
 その時、彼のすぐ近くで、ドドンッと重い音が生じました。
 王柔は天井の亀裂の中に消えた理亜と羽磋の事に思いを馳せていたところでしたが、驚いてその音が聞こえて来た方を見ました。すると、そこにあったのは濃青色の球体の姿でした。ただ、それはこれまでのように地面から少し浮き上がってはおらず、まるで崖下に転がる落石のように地面の上に横たわっているのでした。
 濃青色の球体は、昔話で語られる「母を待つ少女」の母親が姿を転じたものです。彼女は、「母を待つ少女」と呼ばれる奇岩に転じてしまった自分の娘を助けるために、理亜と羽磋を飲み込み、青い水の噴出と共に地上へ送り出しました。
 でも、そのためには、傷ついた身体に残されていた力の全てを必要としたのでしょう。もはや、わずかな高さでさえも浮かぶことができずに、多くの亀裂を無防備に晒しながら、地面に転がるしかなくなってしまったのでした。
 王柔は、濃青色の球体を「お母さん」と呼ぶ理亜や、諸々の事情を考えて納得した様子の羽磋とは違って、単純にこの球体を「怖い」と思っていました。でも、いまの濃青色の球体の様子を見る彼の目には、「恐怖」の色は映っていませんでした。それは、自分の娘のために全力を振り絞った母親の気持ちが、理亜のことを実の妹のように思って大事にしている彼には、よくわかったからでした。
 グラ、グラアア・・・・・・。ドドドンッ。
 またもや、大きな地震が起きて、地下世界全体が大きく揺れ動きました。
 地面に落ちた濃青色の球体は、地面の揺れに逆らうこともできずに、落ちた場所の周囲をゴロゴロと転がりました。いままでは、見たことも想像したことも無い異形とは言え、この球体は特定の面を自分たちに向けて話しかけてきたので、顔と顔を向き合わせて話しかけてくる「生きもの」として感じられていたのですが、この地面の揺れに従って転がる球体の様を見ると、その命は無くなってしまったのではないかと。王柔には思えるのでした。






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