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月の砂漠のかぐや姫 第297話

 あまりにも理亜の行動が理解できないので、王柔は「そもそも、球体の中で自分の見たことは、夢だったのではないか」とすら思い始めているようです。でも、羽磋は王柔に対してしっかりと頷いて、自分も理亜が自分たちでなく母親を守るよう行動したのを見たと伝えました。
 羽磋にとっても王柔のいまの言葉は、自分が球体の内部で見聞きしたことが彼一人の体験やそれこそ夢などではなくて現実であったことを、確信させてくれるものでした。「やはり、自分の考えに間違いはない」と思った羽磋の顔には、再び焦りの色が浮かんできました。
「王柔殿、急がないといけないんですっ。濃青色の球体を探してください!」
「いや、羽磋殿。ザッと辺りを見回しましたが、どうやらアレはいなくなったようですよ。良かったじゃないですか、あんな恐ろしいものがいなくなってくれたんですから。さっきから言っていますが、僕は理亜がアレをお母さんとか言っているのが、本当にわからないんです。そうですよね、羽磋殿も、意味が解らないですよね?」
 相変わらずのんびりとした様子で話す王柔でしたが、その調子にいらだったのか、羽磋は彼の倍ぐらいの早口で答えました。
「ちっとも良くないんです、王柔殿! 確かにあの濃青色の球体は恐ろしいかもしれませんが、いなくなられたら困るんですっ。それに、理亜があんなことをしたのには驚きましたが、理亜の言うことはおかしくないんです。濃青色の球体は、母を待つ少女の母親は、確かに理亜のお母さんになるんですっ!」
「えっ・・・・・・」
 王柔は、羽磋が何を言っているのかが、すぐには理解できませんでした。
 それは、羽磋が早口で話すので聞き取れないということではありません。彼がどのような意味合いで「濃青色の球体は、理亜のお母さんになるんだ」と話しているのかが、理解できなかったのです。
 まとまらない考えを表すように、あちらこちらに動いて定まらなかった王柔の視線は、その最後に羽磋の強い視線とぶつかって止まりました。羽磋は自分が何を言っているのかよくわかっていて、それが王柔に対して真っすぐに向けられている視線の強さに表れていました。
 羽磋の揺るぎない真剣な態度に接して、王柔の口元から余裕の色が完全に消え去りました。
 緩んでいた気持ちを改めて引き締めてみると、王柔の耳だけでなく、羽磋の視線に接した目からも、そして、急に緊迫したその場の空気に触れている肌からも、その言葉が心の芯へと浸み込んできました。
「『母を待つ少女』の母親は、理亜のお母さん」
 冗談でも、例え話でもなく、羽磋が本当にそのように考えていることが、王柔にもはっきりと認識できました。もちろん、それが彼にとっては全く意味が解らないことであることは、いまでも変わりません。でも、王柔が羽磋の考えを頭から否定することはありませんでした。
 王柔が土光村で羽磋と初めて会ってから、それほど長い時間が経ったわけではありません。でも、母を待つ少女の奇岩討伐や不思議な地下世界内での行動を共にする中で、王柔は羽磋が自分にはない判断力や決断力をしっかりと備えていることを実感していました。特に、ヤルダンの道案内をしていた自分の経験が全く役に立たないこの地下世界に入ってからは、王柔は年長者であるにもかかわらず、周囲の状況の解釈やこれからの行動の決断を、年少者である羽磋に預けてしまっていました。その羽磋が、はっきりと「母を待つ少女の母親は、理亜の母親になるんだ」と言うからには、きっとその考えを支えるだけの十分な根拠があるのだと思えました。
 それでも、王柔はどうして羽磋がそのように考えるのかを、震える声で尋ねずにはいられませんでした。羽磋の考えを否定するわけではありませんし、彼の判断力を信用しています。でも、やはり、理亜のことは彼の理解を大きく超えていて、「なるほど羽磋殿が言うのならば、そうなんでしょう」とは、済ませられなかったのでした。
「羽磋殿、あの濃青色の球体が母を待つ少女の昔話に出てくる母親だろうということでさえも、アレに飲み込まれて色々見させられたいまでも中々信じ難いのに、アレが理亜のお母さんになると言われるのですか。一体どうしてそういうお考えになるんでしょうか。いえ、もちろん、羽磋殿の事ですから、僕にはとてもわからないようなことでもご理解されているのだろうとは思います。ですが、理亜のお母さんがここへ連れてこられる途中で亡くなっているというのは、僕が彼女から間違いなく聞いたことでありますし・・・・・・」
 王柔のその質問に対しての羽磋の答えは、彼が全く予想もしていなかったものでした。相変わらず顔をあちこちに向けて、濃青色の球体がどこかに浮いていないかと探しながら羽磋が答えたのは、次のようなことでした。
「えーと、あの濃青色の球体、つまり、母を待つ少女の昔話に出てくる母親が、どうして理亜のお母さんになるのかと言うことですか。それはですね、王柔殿のお話や、この地下に落ちてからの理亜の行動などからわかります。でも、どうしてそうなったかは、全くわかりません」
「はい? なんておっしゃいました? わかるけどわからない?」
 すっかり困惑してしまった様子の王柔を見て、羽磋は周囲を見回すのを止めて王柔の顔を見ました。濃青色の球体のことが気になって仕方が無いのですが、いまの自分の説明ではさすがに言葉が足りないと思ったのでした。
 その時です。
「あっ! あああっ!」
 羽磋の背中の方で、理亜の声が上がりました。それは、驚きの声でした。
 反射的に羽磋と王柔は声がした方に振り向きました。彼らが見たものは、冷たい砂岩の上に膝をつき両手で口元を覆いながら叫び声を上げている理亜と、彼女の視線の先で宙に浮かんでいる、そう、濃青色の球体でした。








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