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喜怒哀楽
人生の大量生産ができたら、100円で売られるかもしれませんね。
あるかないかわからない100年の人生は、プライスレスです。
生涯収入のすくないぼくでも、十分人生を楽しんでいられるので、お金に換算することはできないのはわかります。それでもお金はあって困るものではありません。たぶんあったらあっただけつかうのが、ぼくです(笑)
ないからないなりの人生を送っていますが、近いうちに宝くじにあたりますので、あたったらあたっただけ使います。もっていたら、エントロピーの法則に違反するのですから。もらったものは、すぐかえす。これがぼくの信念です。
喜怒哀楽のはなしでした。
先日おさななじみの悪友と話していましたが、内容は過去のなつかしい話です。くりかえしくりかえし復習し、余韻を楽しむのです(笑)。時に新しい内容もふくみますが、同じ話にもどっていきます。笑いのスパイラル。
関西人の強みは、自分を自分で笑いにかえる忍術をもっていることでしょう。自分も相手もけむにまいてしまう術です。つらいこともかなしいことも笑いにかえてしまいます。かなしいくらいに(笑)
あいてのことを「じぶん」と呼ぶ特徴もあります。じぶんとあいてを同化してしまい、笑いの渦に巻き込んでいくのです。魔法ですよ、これ。
言葉の魔法つかいです。化かされたほうも笑ってしまい、化かしあいがはじまります。また、笑いのスパイラル。こうして話術が磨かれていくのです。ちいさいときから、この渦の中に生活する関西人は、あたりまえのように「喜怒哀楽」を笑いにかえようとします。常に、やすむことなく。
ああ、関西人でよかったなどとは思いません。
旅に出て、よそのひとにあうと、決まって「何かおもしろいこと言って」と頼まれます。無理な注文とわかっていても「なにかおもしろいこと言ってやろう」と考えている自分に笑いがこみ上げます。
かなしいかな「笑いの才能」は、活かされないまま喜怒哀楽をくりかえす人生に溶け込んでいきます。
そのなかに、才能をみがき、いや、本能のままに現れる「星」がいます。
今読んでいる『満月と近鉄』。
そんな星のような作家さんが書かれた小説のようです。
奈良は間違いなく関西であったことを確認する小説でした。
読みながら、ぼくも間違いなく一介の関西人であることを強く自覚した「読書の秋」です。
かなしい性は、楽しい人生をつくってくれているようだと気がつきました。
悪友よ、ありがとう。