見出し画像

結刃流花譚 #第1章 ~ 残り香の調べ② 枷と糧 ~

 続けて読んでくださっている方も、偶然目に留めてくださった方もありがとうございます。pixivに載せているものを遂行し直しながら掲載していっておりますが、この辺りから大幅に修正が入ってきます。形を整え順に掲載し直していきたいと思っておりますので、pixivの内容、小説家になろうの内容に矛盾ができてしまうことをご容赦ください。尚、現時点ではこちらが最新の修正版となります。
    少しでも心に残る言葉を届けられたらと思いますので、読んでみていただけると幸いです。




 実の父に関する直接の記憶はほとんどないに等しい。

 父は清春と天音が齢1つにも満たない時に殉死したとだけ聞かされている。まだほとんど何もわかっていなかった当時の2人には、それを悲しみ心に刻むことなどできるはずがなかった。
    その約1年後から共に暮らすようになった継父が物心ついた頃には傍にいて、本当の父親のように慕ってきた。継父のおかげで、実の父親の不在に対する明確な寂しさを感じたことはない。また、実の父親は別にいたのだということを包み隠さず聞かせられていたことで、この事実を自然に受け止めることができていた。
 継父に連れられてきた年の離れた姉はたおやかで芯の真っ直ぐな人だった。やがて生まれた半分だけ血の繋がった弟も、継父と母の優しい性格を受け継いでいた。全員と血は繋がっていなくとも、種族は違えども、彼らの間にある信頼と、家族としての思い出は本物だった。

 父親として直接多くのものを与えてくれてきたのはすべて継父であるが、それでも清春と天音が顔も覚えていない父の存在を身近に感じることもあるのは、その継父と母から繰り返し父の話を聞かされ育ってきたからだ。
 何度も、何度も、継父と母は父の言動をまるで今聞いたり見たりしたかのように語っていた。新しい家庭から、決して父の存在を切り離そうとしなかった。
    傍から見れば、それは多少異常だったかもしれない。しかし彼らは忘れないために無理をしているわけでも執着心を持っているわけでもなく、ただ、父の考えを自分たちのもののように大切に思い、清春たちに伝えたいという純粋な気持ちで動いていた。清春と天音にとって毎日のように聞かされていたそれは楽しく興味深く、時に難しい話だった。重みはあるのに一部具体性はなく、現実味を帯びているようで、架空の物語のようでもあった。
    あえてそのように語られていたことに様々な意図が込められていたことは、この時の2人には知る由もなかった。
 父の遺した言葉の数々は話の中で幾度となく伝えられ、今の清春と天音の中に生きている。その言葉を思う時、記憶にはない父の声が直接響いてくるような気がする時さえある。そこには、ためになる名言や有名な物語を聞かせられた時とはまた違う、心の温度を少し上げてくれるような何かが伴われていた。
 また、それなりの歴史を持つ流派、巡灯真剣流(めぐりびしんけんりゅう)を伝承する道場の1人息子だった父の剣技も、直接教わることのなかった双子にも継父と姉を通して受け継がれている。
    継父も道場の門下生であり、父の父、清春と天音は会ったことのない2人の祖父にその腕前を評価され、父と並んで次期師範の候補とされていた逸材であったと聞くが、当の本人は謙虚に父のことを立ててばかりで、このような形で自分が本当に道場を継いでしまったことを申し訳なく思っている様子だった。しかしそれが道場経営の真摯でひたむきな姿勢へと繋がり、継父は誰からも一目置かれる道場主だった。
    父の居場所をその想いごと受け継ぎ、そこで父の遺したものを守り続けてきた。

 継父がそこまで信頼し認めている父は、清春と天音にとっては手の届かない崇高な人物のようでいて、今もすぐ傍にいるかのように語られる人物でもあり、遠いのか近いのか分からないまま憧れた存在だった。
 当然すべてを知っているわけではない。むしろ知らない面の方が多い。
 勝手な人物像を作り出しそれを無条件に信仰してしまわないよう弁えてはいたが、父にとって最も身近な存在であった継父と母から聞かされてきた人となりは客観的に見ても人も妖も越えた世の中に生きるものの鑑のような人物だと感じられるものであり、父のような考えを持てる人になりたいとどこかで願いながら生きてきた。
    信頼する継父の語る父の在り方は、少し仰々しいと受け止められてしまいそうな表現でさえ、誇張されたり脚色されたりしたものだとは思えなかった。誰かに媚びへつらうようなことをしない、公平に物事を見ることのできる継父が、父のことは真摯に率直に賞賛していた。
 聞いてきた通りの父の姿を、尊敬し、1つの目標としてきた。何かに迷った時、諦めかけた時、父の遺した言葉が小さな勇気に変わることもあった。立ち止まりかけた時に思い出すそれは、道標のない暗闇を進むための松明のように感じられた。
    実の父のように慕ってきたのは継父であり、感謝の念も継父に対してずっと強く持っているのだが、それとは別に、ほとんど話でしか知らない父の血が自分の中に流れていることを喜ばしく思っていた。
    同時にそれを実感できることが少ないことに虚しさを覚えることもあったが、父は特別な立場にいる存在だった。父との繋がりを聞かされるだけで、平凡な自分の中にも何か意味のあるものが宿っているように思うことができた。
 

****************

 そこは、太陽の光のような温かみのある白色の広がる空間だった。

   前後左右、上も下も、果てしなく白が続いているようだった。音は聞こえない。匂いもないが、仄かに暖かく陽だまりの香りがするような気がしていた。全く知らない不思議な空間。なのに、何故かどこか懐かしい。

 辺りを見回し、再び最初見ていた方へと向き直る。清春は目を見開き、心臓が高鳴るのを感じた。
    今の今まで自分以外の誰もいなかった空間の数間先に、父が立っていた。光に包まれ顔はよく見えないが、それが父であることはわかった。父は厳かな空気を纏いながら清春と向き合っていた。

「よくここまで歩いて来たな。真っ直ぐに育ってくれたことを誇りに思う」

 記憶の中には残っていない父の声が、2人きりの白い空間に響く。それは想像していた通りの低く穏やかな、どっしりと構えて動かない大きな岩を思わせるような声で、その言葉は清春の心を満たすには充分だった。

 それから父は、生まれて間もない清春と天音との思い出を短く語った。物心つく前の、清春の記憶にはない、特別なことも何もないささやかな思い出だ。
    そしてその後の、父の知らないはずの、今から1年前の出来事と清春の決意について触れられる。どうして父がそれを知っているのかという疑問よりも父の言葉を聞いていたいという気持ちが強く、ひたすら耳を傾け続けていた。父が知っていてくれることが何故だかとても心強く思えた。
    しかし、これが現実ではないことは理解していた。父の知るはずのないことを父が知っているということは、清春の夢でしか有り得ない。わかっていても、矛盾したこの時間が、不思議で不安で、それ以上に愛おしく感じられたのはきっと気のせいではない。
    父は自分自身の想いと清春の決断を重ね合わせながら話を続ける。
 そして、言葉が一旦切られたところで、清春は真っ直ぐに父を見据える。心臓の音はさらに早く大きく、静かなその空間に直接響いていくような錯覚を起こさせた。

「父さん、俺――――――――」

 伝えたいことはいろいろあった。しかし、心の中に溢れているはずの言葉は形を成さず、何も伝えることができないうちに、さらに眩い光に包み込まれるように父の姿が消え始める。
    嫌だ、まだ、もう少し――――――
 急に焦りが生まれ、清春は父の方へ手を伸ばそうとした。しかし、身体は動かなかった。

「おまえは俺の自慢の息子だ。俺もおまえにとってそうでありたいと願う。
  だが、おまえが目指すべきは俺ではない。俺と同じにはなってくれるな。おまえはおまえ自身が正しいと思う道を選べ。おまえ自身の信念を貫き、おまえの人生を生きろ。必要なものはもう既におまえの中にあるはずだ」

 父は温もりと厳しさの共存する眼差しを真っ直ぐに清春に向けていた。表情は見えないのに、それはわかった。光が完全に父を包み込み、再び1人になったところで、視界が暗転し、意識が途切れた。



****************



 障子戸の框が軽く叩かれる音が部屋に響く。
    清春は意識が朦朧としたまま状況を正確に認識できず、すぐに返事ができないでいた。もう一度框が叩かれ、少しの間を置き、先ほどの案内役の男が入ってくる。

「起きろ」

 男は座卓の上で手をつけられないまま冷めた緑茶の横の清春の顔を離れた位置から覗き込み、その目元が微かに濡れていることに気付く。

「大丈夫か」

 目を開けた清春は、戸惑いながら、差し出された藍染めの手ぬぐいと無表情のままの男の顔を交互に見る。自分の目に触れ、そこで清春は自分が泣いていたことに気付いた。

「辛い夢でも見たか」

 清春は静かに首を横に振る。

「いえ、どちらかというと、幸せな夢を見ていた気がします。夢だったのか定かではない部分もあるんですが――――。
  記憶に無いはずの父、実の父の声を聞くことができました。――――まだ何もわかっていない頃には聞いたことがあるのかもしれませんが、自分の認識する中では、初めて」

「そうか」

 その声が本当のものなのか、清春の想像上のものなのか確かめる術はない。しかし、あれは父の本当の声だと確信に近い思いを持っていた。
    短く、しかし確(しか)と受け止めるように一言を返した男は、それ以降は何も言わず、清春へと静かな目線を向けていた。

「褒めて、くれました」
 
 そのようなつもりはなかったのだが、清春は聞かれてもいないのに訥々と自分の生い立ちと父への尊敬の意を話していた。それはこれまで自分から話すことはなかった大切なものだ。男はいつの間にか完全にその場に座り込み、相槌ひとつ打たずに黙って真剣に聞き続けていた。

「父は赤子の頃の俺しか知らないはずなのに、俺の事を見てきたかのような言葉を告げられました。認めてくれていたようで、でも、父を目指すのではなく、俺自身の人生を生きろと言っていました」
 
 言われた言葉を清春自身の言葉にまとめ直して繰り返す。

「それから、そのために必要なものを俺はもう持っているとも」

 夢の中ではあるが、初めて話した父の声は、はっきりと清春の耳に残っていた。その声はほとんど聞こえないはずの左耳からも違和感なく入ってきた。残響がまだ聞こえる気さえする。一言目に褒めてもらえたことがとても嬉しかった。
 だが、もらった言葉の一番最後は消化しきることができないでいた。決して突き放すような言葉ではなかったが、父の姿を追う清春のことを窘められているようにも感じられた。わかるようでわからない言葉を、できるだけ正しく受け止めたかった。
 父のようになりたい。それは紛れもなく清春の本心だ。本当にそのようになれるとは思っていない。しかし理想として憧れる父を目指すのは自分自身の人生を生きることとは違うことなのか。清春が自分自身で決めてきたはずのことは、本当はそうではなかったのか。
 消える間際の父の言葉が頭の中を巡り、不安と迷いが生まれ、まとまらない思いをまとまらない言葉で話し続けてしまう。誰にでも話せるようなことではないはずだが、今真剣に聞いてくれているこの案内役なら大丈夫だと明確な理由もなく思えていた。
     清春の言葉が切れた後、少しの間逡巡し、男が口を開く。

「尊敬する者の生き方、考え方に倣うことは良いことだろう。己の理想を他人の中に見い出す者も多い。そのように生きてきて何かを成した者は少なくないはずだ」

    考えながら返してくれていると感じられる言葉を聞き漏らしてしまうことのないよう、清春は神経を集中させて聞こうとする。

「だが、誰かの姿をそのまま模倣すること、思慮分別に欠け誰かの考えを鵜呑みにすることは己自身を見失うことにも繋がるだろう。どれだけ誰かに近い生き方、考え方をしたとして、その者になることはできん。己は己以外の何者にもなることは叶わない。
 ――――――父上の本当の思いはわからん。だが、父上亡き後もおまえは様々なものを見聞きし考え生きてきたのだろう。誰かから学んだことを己の培ってきた信念と照らし合わせ、共感する部分があるなら取り入れながらも己なりの答えを見つけ、それに従え――――――という意味ではないのだろうか」

 そんなことは言われなくてもわかっているだろうがな、と付け加え、男はさらに清春が見た夢と清春の目に浮かぶ不安の理由を推測する。自分自身どうして目の前の初対面の少年のことをここまで考えようと思うのか分からないまま、知り得る情報の中からかけることのできる言葉を探す。珍しく思い入れのない他者の力になりたいと思う自分がいることに違和感を覚えるが、嫌ではなかった。清春もまた、寡黙だと思っていた男が多くの言葉を返してくれたことに驚きながら、それを嬉しく感じていた。

「父上は自分の存在がおまえの自由な選択の枷になることを恐れていたのではないだろうか?」

    父の言葉や生き方を何度も頭の中に浮かべ物事を考えてきた過去の自分を振り返りながら聞いていた清春は目を大きく開き顔を上げる。

「だが、父上に憧れながらも、おまえだけの考えや経験を踏まえ、おまえ自身の意志でこの生き方を選んだのだろう? それが父上と同じ道であったとしても。
   誰かからもらった何かに影響を受けることは誰にでもあるはずだ。それを糧とするか枷とするかは己次第だろう。父上にできることとおまえにできることは違う。
  深く考えずとも、己が決めた道だと信じているならば、それでいいんじゃないか?」

 話すことが得意ではないと自認している案内役は自分の伝えた言葉が正しいものかどうかわからないまま話を切り上げようとしたが、その言葉に清春は心の蟠りが溶かされて行くような気がした。真摯な言葉は時に正しい言葉よりも誰かを救うことがある。

    父の影響を受け過ぎている自覚は大いにあった。それが良くないことだと思ったことはないが、それに従うだけになってしまわないようにしなければならないという思いもあった。それ故に、自分の選択が本当に自分の意志に基づいたものなのかどうか、心の片隅で自分自身のことを疑っていたのかもしれない。先程の夢は、その潜在的な不安が具現化した物だったのだろうか。夢の中であれど、やっと会えた父の姿も言葉も自分自身の中に深く刻まれている。すべて自分の生み出した己の願望も混ざった幻だったのかと考えると少し寂しい。
    だが、無意識のうちに抱えてきた迷いを自覚したからこそはっきりした。

 選んだのは自分自身だ。

 父の残した言葉の数々も、父の言葉だから大事にしてきたわけではない。継父と母が繰り返し語ってきたからでもない。感銘を受け、信念と共に持ち続けたいと思った言葉だからこそ大事にしてきた。
    そうしようと決めたのは己の想いだ。
 今の清春の在り方は、父からもらったものを大切にしながら、父の死後も生き続けた自分自身が考えた末に選択したものだ。きっかけも父の意志を継ぐというような崇高なものではない。守られることしかできていなかった自分を悔いた。何も知ろうとしていなかった自分を恥じた。始まりは後悔と自責の念だ。そのままの自分を許すことができなかった。この道を選ぶことで守りたかったのは、結局は弱い自分の心だ。父の姿を想い描くことで支えられ、背中を押されることはこの先もあるだろう。だが、責任はすべて自分で負う。
    今手にした答えで、清春は納得して次に進むことかできる気がした。

    しかし、少しの願望と期待を添えて、知る由のないことも考えてしまう。夢の中の父は、本当に清春が自分自身のために創り出したものだったのだろうか。誇りや自慢の息子といった言葉も、清春の願望が紡がせた言葉だったのだろうか。もし父が生きていて、ずっと清春たちの姿を見ていたならば、同じ言葉をくれただろうか。
    現実では会うことの叶わない存在に確認する術などはないが、そう思ってもらえるような自分でありたいと願い、それをそっと胸にしまった。

「落ち着いただろうか。先程全員の試験が終わった。別室へと案内したいのだが」

 少し口数が多くなってしまったことを反省しながら清春の表情が変わる様子を窺い続けていた男が、その心の動きを悟ったように告げる。
 長く考え込んでしまい気遣われていたことに気付いた清春は、すみません、と言いながら慌てて立ち上がる。その拍子にお盆を乗せた机が揺れ、そちらに目をやったところで、出されたお茶に手を付けていないままであったことに気付く。そのままにしておくのは申し訳ないと思い、一気に飲み干す。少し苦くて、程よい冷たさだった。
 清春が飲み終えたのを確認すると、男は軽やかに身を翻し障子戸の方へと歩き出そうとする。それを見て清春は小走りに近付き、躊躇しながらもその服の裾を掴み、手に握ったままの手拭いを中途半端に差し出す。

「あの、これ、洗って返した方が......」

 清春が遠慮がちに確認をとるように尋ねると、男は振り返り、握られた手拭いへと視線を移す。

「そのままで構わない」

 言うと同時に、男は全く気にしないという風に手を伸ばしてそれを清春の手から抜き取り、速やかに袂へとしまう。

「でも......」

「大丈夫だ、気にするな」

「あ、......ありがとうございます」

 申し訳なさを感じながらお礼を伝える清春の姿に、男はほとんど変化の分からない程軽く目を細めて頷き返答する。そしてまた身を翻しそのまま部屋を後にする男の後ろに清春も続いた。急いだ方がいいだろうという無言の了解の下、少し足早に、先程のしんと静まり返った廊下を更に奥へ進んでいく。壁や床の木の年輪が流れるように視界に入っては消えていく。

「そう言えば、名乗るのを忘れていたな」

 言われて初めて清春自身も彼の名を知らないままだということに気付いた。自己紹介もままならないまま、凛とした外見の裏の誠実さを感じ、相手のことを信頼できる人物だと信じ、心の内を語っていた。

「失礼なことをした。俺は菊之介という。鬼だ」

 簡素な自己紹介には無駄なことは語らずとも礼儀を重んじる彼の本質が表れているようだった。彼が鬼であるということも、明確な理由はないが薄々と感じており、特に違和感を感じることはなかった。
    普段の見た目は人間と幾分も違わぬため、一目見ただけでは鬼と人間の判別は難しい。しかし、言葉には表し難い纏う雰囲気の違いがあり、朧気に種族の違いを感じることがある。他の者がどのように感じているかは分からないが、清春はその違いが誰かと関わる上で差程問題があると感じたことはないため、鬼であろうと人間であろうと、また、人間と共に生活をする他の妖であろうと、分け隔てなく、距離感を変えることなく関わってきた。
    清春の住んでいた地域では共存する人間と妖の数に大差はなく立場も平等であったが、ここ天叢雲でもそれは同じなのだろうか。今まで特に気にしてはいなかったが、先程の試験官の女性、清乃も鬼だと言っていた。面接官の老人もきっと人間ではないだろう。

 個人差はあるものの、鬼を始めとする人型の妖の中には何らかの特殊能力を持つ者が存在する。力の所持は血筋に由来するものと種族に由来するものとがあるようだが、鬼の場合は前者で、必ずしも受け継がれるわけではないらしい。それを持つ者の割合は正確にはわからないが、多くはないと教わった。些細なものから戦いに役立つもの、日常生活の一部に応用できるものなど能力の種類も様々である。力の強さも個々で異なるらしい。
    清春は以前、跳躍力の並外れた鬼と会ったことがある。幼い頃のことであり、顔をはっきりと思い出すことはできないが、継父の知人と紹介された彼は、広い視野で物事を捉えることのできる博識な人物だった。
また、鬼の寿命は人間と大きく変わらないが、身体が丈夫である分、怪我や病気に強く長生きをする者が多い。高齢でも元気に村を闊歩している者の多くは鬼、またはその混血である。
 ここ和久国(わくのくに)では、鬼も人間も、人と変わらぬ姿形をとる他の妖たちも、同じ村の中で同じように生活を送っている。
    実家の道場にも鬼や天狗の子は通っており、種族は異なっていても彼らのことは身近な存在に感じていた。妖の門下生たちと人間の門下生たちとの違いを感じることはほとんどなく、仲間として、友人として、目上の者は尊敬し、歳が下の者は実の弟や妹のように接してきた。1番年少だったある鬼の子の額に他の子どもと喧嘩になった時や怒られた時にだけ可愛らしい角が浮かんできていたのが思い出され、微笑ましい気持ちが蘇ってくる。

「菊之介さん、よろしくお願いします」

 清春が頭を下げるとほぼ同時に、菊之介は立ち止まり、清春の礼に目礼で返す。そしてすぐにまた目的の部屋へと足を早めて歩き出した。清春も改めてその背中に感謝の意を向け敬意を払いながら長い廊下を進んでいった。





    読んでくださりありがとうございました。誤字脱字などございましたらご指摘いただけると幸いです。



いいなと思ったら応援しよう!