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運も実力のうち?
人間は「偶然を支配すること」に文字通り命を懸けてきた。
歴史の記述を見てみると分かりやすい。必ずそこには「~~だからこうなった」という記載がある。物事には必ず理由があり、理由が分かれば結果が見える。過去を分析すれば将来を予測できる。たまには運任せも楽しいが、人生すべてが運に支配されていると考えると不安になる。頭ではわかっていても心がついてこない。恋人から突然別れを切り出されて「運が悪かったね」と言われたらぶん殴りたくなるはずだ。どんなものであれ、出された結果には理由があってほしい。それが人間である。
ヤコブ・ベルヌーイは、ギャンブルが大好きだった。コイントスの論理を体系化しようと様々な手法で試みた。数学で偶然性を支配したかったのだ。彼は今では「確率の父」と呼ばれている。
数学だけではない。科学には必ずエビデンスが求められる。実験を繰り返し、最も「自然を説明できる」理論が形作られていく。16世紀まで地球の周りを天体が周っていると考えられていたことを思い出したい。自然現象をもっと上手く説明できないものか……という切望は、ずっと科学の根底に流れている。テラフォーミングで知られる天文学者のカール・セーガンは「科学はひとつの知識体系である以上に、考え方そのものである」と言った。
しかしながら、なんでもかんでも自分の力でコントロールできるようになると考えてしまうのは、なんでもかんでも「ついてない」で済ますことより遥かに恐ろしい勘違いだ。
「運も実力のうち」という言葉は、その傲慢な勘違いの際たるものである。
ギャンブル、こと公営ギャンブルにおける「実力」とは何だろうか。
資金管理の上手さ。これは努力でどうにかできそうな領域だ。自分の連敗確率を正しく計算できる人は滅多に破産しない。レースによってレートをころころ変える人は、それだけで何かを損している。
予想の上手さはどうだろう。初心者のあてずっぽうより、知識を蓄えた人の予想の方が効率的に的中しやすいのは自明だ。たぶん……そう思う。
収支成績。これも当然のように実力……だろうか。いやしかし、今日勝ったことが実力なら、ビギナーズラックも実力になってしまう。でも長期の成績なら実力か。ここで問題は、長期ってどのくらいなのかということだ。1年? それまでしこたま負けていたものの、年末に100万賭けて捲ったという人は「実力勝ち」なのだろうか。それなら、いったいどこからが実力?
ましてやレース結果は……実力じゃないよなあ。絶対に。フライングや転覆を止められる方法があるなら教えてほしい。
実力とはつまるところ「意思決定のプロセス」でしかない。
将棋のように「意思決定のプロセス」だけでほぼすべて完結する競技なら、それは実力の勝利と言えるだろう。しかしギャンブルには、どのような意思決定をしたところで、それとは独立した題材がある。レースだ。明日の大まかな天気は予測できても、家の前のコンビニにある立て看板のてっぺんに16時45分に雨粒が落ちるかどうかは絶対に分からない。それと同じで、だいたいこのへんが本命だろうというところまでは予想できても、3周回ってどうなっているかは予想できない。
運は運でしかない。
そこに「実力」が変数となることはあり得ない。
我々にできるのは「運の領域」と「実力の領域」を可能な限り適切に仕分けることだけだ。この仕分けにセンスが宿るし、そこで割り切れる人が敗者のゲームで生き残れる。
「運も実力のうち」という幻想を取り払うところがスタートラインである。しかし、人は報酬を得たときにそれが「運の結果」だと考えることを苦手としている。損をしたときはあんなにあっさり割り切れるのに、得をしたときは何か大層なことを成し遂げてしまったように錯覚する。「偶然を支配すること」は根源的な欲求なのだ。だから表題のような言葉が生まれてしまう。
言い換えれば、そういう人間の誤解がギャンブル市場を支えている。すべてが運だと分かりきっていたら誰もやらないだろう。勝ったときにちゃんと喜べるから、みんなトータルで負けていても続けてくれるのだ。どうにもならないレベルまで負けて初めて気づく。その頃には新しい獲物が生まれているから、胴元は心配ない。辞めてもらって結構。今までありがとうね。それだけだ。
ギャンブルで勝ちたいなら、そういう仕組み自体に打ち克たないといけない。
本能に抗い、情動を押し殺し、運と実力の領域を仕分け、実力だけを適切に向上させ、出された結果は真摯に受け止める。それこそが真の「実力」だ。自由意思でどうにかなることなんて限られている。逆説的だが、その強烈な認識こそが、あなたを偶然性から独立させる。
うんざりするほど偶然に支配されたこの世界は、いつもあなたに微笑んでくれるわけではない。しかしそれは、あなたが微笑みを忘れる理由にはならない。
Good luck.