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なんで分かってくれないの


 せっかく買ってもらったおもちゃを壊してしまった。小学生にとってこれは一大事である。怒られることを本能的に察知し、とりあえずベッドの下のガラクタボックスのそのまた奥にしまい込む。自分の目から隠してしまえば、その「事実」もなくなったように思えるからだ。無論、いずれ発掘されたときにしっかり怒られる。
 しかし、大人になるにつれて、ベッドの下におもちゃを隠しても「壊したという事実」が消えないことを理解する。目には見えない他の世界を想像するようになる。自分と他人が違うことを知る。いや、知っているつもりで生きている。

 目に見えている世界がすべて。これは哲学で素朴実在論と言われる考え方だ。
 いま目の前に「空気」が見えるだろうか。残念ながら人間の目では知覚できない。しかし私たちは、そこに「空気」があることを知っている。見えないものでも実在すると理解している。だから私たちは素朴実在論の世界には生きていない。そのはずだ。そのはずなのに、ときどき素朴実在論の世界に迷い込んでしまう。

 SNSでよく見かける無神経なリプライは、素朴実在論に迷い込んだ愚かな人間の所業であることが多い。
 自分がフォローしているタイムライン、つまりそこは「ひとつの世界」である。その「世界」に存在している片思いフォローのアカウントに、向こうも自分を認知していると勘違いしたようなリプライ(クソリプ)が送られる。当たり前だが、クソリプ被害者の眼前には別の世界(タイムライン)が広がっているのだ。それでは食い違うに決まっている。

 いいコミュニケーションとは、相手は自分のことを何も分からないのだと自覚することから始まる。私たちは素朴実在論の世界に生きていない。だから知覚している「世界」が異なる。そう理解すべきだ。
 なんで分かってくれないの、と言われることがある。分かろうと努力することと、結果として分かることは別だ。そう答えると喧嘩になる。ごめんごめんと言いながら、この残酷な現実と「素朴実在論の世界」を自由自在に行き来できるその人を羨ましく思う。そこは桃源郷なのだ。誰もが自分の「世界」を理解してくれると信じている、素敵な桃源郷である。羨ましい。でもごめん、そこに迷い込めるほど、私は素朴じゃない。


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