猫ハンターはやさしいお仕事
猫ハンターを残酷なお仕事だと思わないでください。
京都でOLをしながら猫ハンターをしています。
猫ハンター、どんなお仕事だと思いますか?
街角で見かける猫の中でも毛並みの良いものをあの手この手で捕獲。もちろん鮮度が命だから生きたままで。仕事場に持ち帰り、江戸時代から伝わる技法によって一気に猫の腹の皮を剥ぐのです。その皮は高級猫皮として高値で売られ、特注の三味線に使用されます。毛並みの良い(特にお腹!)猫を見抜く審美眼、捕獲・皮剥ぎの技術。これらが揃って初めて一人前の猫ハンターと呼ばれるのです。
……なんてことは一切ありません。安心してください。
猫ハンターは何も傷つけない、やさしいお仕事です。
そもそも私が猫ハンターを始めるきっかけになった出来事をお話ししましょう。
5年ほど前、私はブラジルに住んでいました。その時の話です。
その美しい猫は私がブラジルで住んでいたマンション近くの空き地で毛づくろいをしていました。ある晴れた昼下がり、スーパーからの帰り道で私は彼女を見つけたのです。もともと猫が好きだったので、草木ぼうぼうの空き地の茂みに隠れるその猫を見つけるのはそんなに難しくありませんでした。茂みの隙間からちらちらと見える白い毛並みに私のケモノセンサーは反応し、そっと近づきケータイのカメラで彼女を撮り続けました。
野良猫だというのに毛並みは真白で美しく、茂みの奥の日陰に優雅に寝そべっています。彼女は私がケータイを構えたまま間合いを詰めてもその優雅さを崩さず、なんなら挑発するような視線を寄越してきました。
満足できる写真が撮れたのでそろそろ家に帰ろうかと地面に置いていたレジ袋を拾い上げて立ち上がった時、私の肩をポンポンと叩く人がいたのです。振り返るとそこにはスーツを着た男女が険しい顔で立っていました。
「desculpa……」
ごめんなさい、と告げて立ち去ろうとすると男性の方にがっしりと腕を掴まれてしまいました。ブラジルにはスラム街のような決して立ち入ってはいけないエリアがあるけれど、そこは私も住んでいる、市内でも比較的安全なエリアです。それでもこれは強盗かもしれない、このまま連れ去られて売り飛ばされてしまうのでは、という不安に襲われました。ブラジルで強盗に襲われた際は抵抗しないことが大原則。私はおとなしく彼らに従うという素振りを見せると、男性は私を空き地の隣にあるバーへと引っ張っていきました。女性の方は私の後ろをぴったりとついてきます。気づけばその女性の腕の中には先ほどの真白な猫が抱かれていました。
営業時間ではないバーは薄暗く、無人でした。男性がポルトガル語で長々と話し始めましたが、私が聞きとれたのは「gat(猫)」、「foto(写真)」と「mandar(送る)」という単語。するとそれまで口を閉ざしていた女性がやっと口を開きました。
「japonesa(日本人)?」
私が「sim(はい)」と答えると、彼女は拙い日本語で、「猫ハンターとして、これから街にいる猫の写真を日々レポートしてほしい。我々はあなたの猫察知能力を高く評価している。これが写真の送り先だ」と告げ、私はメールアドレスの書かれた名刺を受け取ったのです。最後に一枚だけとお願いして、女性の腕に抱かれている白猫の写真をちゃっかり撮らせてもらったのは言うまでもありません。
こうして私の猫ハンターとしての日々が始まり、今に至るのです。
ブラジル生活を終え、日本に帰ってきて京都に住み始めてからも、なんとなく私はそのまま猫ハンターのお仕事を続けていて、猫の写真を彼らに送り続けています。もともと猫ハンターになる前から街で猫の写真を撮るのがライフワークだったので、そこまで苦労をして猫ハンターのお仕事をしているわけではありません。カフェでスイーツの写真を撮ってInstagramにアップする、そんな感覚で、猫に出会ったら写真を撮ってメールで送る、ということをしているだけなのです。(不思議なもので、少額ではあるけれどレポートの数だけちゃんと報酬が振り込まれるのです)
ブラジルで私をスカウトしてきたあの男女、ダニーロとプリスィラは日本の猫の写真を喜んでくれています。彼らは自分たちの素性を明かしてこないのですが、私は都市伝説ともいわれる地下組織、ねこねこネットワーク(NNN)のメンバーなのではないかと睨んでいるのです。
猫ハンターはやさしいお仕事
※以前ShortNoteに投稿したものを再掲しています。