【ヴェラキッカ】結末について感じたままに書く

※ネタバレを含みます。ご注意ください。

観劇回 : 1/16 ソワレ

はじ繭2021でTRUMPの世界観に惹き込まれ繭期に。 (視聴済 : TRUMP/REVERSE/SPECTER/マリーゴールド/COCOON 星ひとつ)

そのため、TRUMPシリーズ、末満さん演出の舞台を生で観るのは初めてでした。

聞く限りブリリアホールの評判がすこぶる良くなかったので、作品とは全く関係のないところで不安感が多少あったのですが、場所が良かったのか音響や見え方もそこまで悪くなかったです。2階や3階、サイドの席だったらちょっとわからないですが…。

この1度しか現地に足を運ぶ予定はないのですが、お話を知った上で観たい部分があまりにも多いため、既にもう1度観たくてウズウズしています。

そろそろ本題へ

このお話で重要な「共同幻想」というワード。風の噂で、LILIUMとも深く関係があると聞きましたが、まだ見ていないためそちらについて考えることは難しかったので割愛。

近いうちに見るつもりなので、その際にも感想を書こうかと思います。

ただ、末満さんが再演を意味も無くする訳がないだろうと思っていたので、2作の共通点を知り、ほう…?となりました。

今回はお話の結末に重きを置いて感想を書きたいなと。

TRUMPシリーズは基本的に誰かが殺されるし大抵の人間が死ぬみたいな、所謂バッドエンドが多い訳ですが、ヴェラキッカに限ってはそういうこともなく。

共同幻想を作り上げていたシオンのイニシアチブからは解放されているし。

なんなら、シオンが叶えたかったノラが愛されるという願いも叶え、シオンもノラに会えて暮らすことができた訳ですし。

な〜んだハピエンじゃん☆

私はこう思いました。私は。

まあ、全部夢、幻想ですけど。

見た時にどちらで捉えるかがこの物語をメリバと感じるか、ハピエンと感じるかの分かれ目なのかなと考えました。

ここからはハピエン厨の私が観たまま感じたままの個人的な感想。

TRUMPの世界では、星に手が届かない者がたくさん出てきますよね。

それを踏まえると、幻想とはいえノラという星に手が届いたシオンは幸せだったと思います。

キャンディが言っていた様に、実体はなくても心はここにあるし、愛も消えない、はずです、きっと。だから、ノラを失ったヴェラキッカ家の家族達も決して不幸だったとは言えないと思うんです。

観に行く前はどんな地獄を見せられるのかとビクビクしていましたが、ヴェラキッカはTRUMPシリーズの中では観た後の心のダメージが少ない作品でした。

その分リリウムの再演に対して恐怖感を覚えてしまう訳ですが…。



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