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試し読み:『色の歴史図鑑』

2025年1月29日発売予定の『色の歴史図鑑』(ニール・パーキンソン著、百合田香織訳)より、「はじめに」のパートをご紹介します。

人が色を追求する動機は、時代によって変遷してきました。本書は古代から現代に至るまで、またアリストテレスからジョセフ・アルバースまで、私たちがいかに色を理解してきたかを探求する一冊です。色にまつわる歴史的なストーリーのあちこちに、信仰、商業、言語、自然、食品、ウェルネス、印刷、音楽といったさまざまな分野で、色がどのように使われてきたかをテーマにしたエッセイが散りばめられています。

図版の多くは、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートの名高いカラー・レファレンス・ライブラリーから選んだものです。同ライブラリーには、虹の構成に関するゴシック写本から色彩論に関する啓蒙時代の手彩色の作品、さらには20世紀の生き生きとしたカラーチャートまで、6世紀にわたる、2,000近い作品が収蔵されています。他の書籍では見られない興味深い図版を多数掲載した本書は、デザインやアートに関わる人々必携のビジュアルヒストリーブックです。



はじめに


 どこを見ても「色」があります。けれども、どこにでもあるがゆえに、たいていまるで気に留めることもありません。また、たとえ色が客観的に測色できたとしても、その主観的な影響については計り知れないところがあります。さらに色は、古代より芸術家や物理学者、哲学者を楽しませ、惑わせ、魅了してきました。多くの人々を、色に取りつかれる域にまで駆り立ててきたのです。そうしたさまざまな矛盾から、何百年にも渡って、色を理解して秩序立て、その挙動を説明して意味を見抜き、変幻自在な豊かさを讃えようとする何千もの書籍が生み出されてきました。

 この世界に、色の影響を受けないものなどありません。色とはきわめて学際的な現象であり、千年に渡って書かれた文献はたいへんに幅広い上に図版も豊富なので、その影響を扱う書籍ばかりの図書館すら思い描けるほどです。その仮想コレクションを、図書館学の一般的な分類法に沿って整理し、デューイ十進分類法(★1)を適用して、たとえば色彩心理学は155に、色とインテリアデザインは744に分類することもできるでしょう。さらにニッチな分野へと掘り下げることもできます。きっと数少ない、色とパッケージに関する書籍は658.823となるでしょう。

 実のところ、そうした文献の蓄積はすでに実在しています。ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートの特別コレクション「カラー・レファレンス・ライブラリー(The Colour Reference Library)」がそれで、16世紀から現在までの文献2,000冊が所蔵されています。そこに収蔵される作品のテーマは、色の心理学や象徴性から顔料の歴史まで、あるいはカムフラージュから共感覚までと、めまいを覚えるほど幅広いものです。ただ、その広範さにもかかわらず、コレクション内の書籍は一冊残らず──書き手がニュートンであっても、カンディンスキーあるいはウィトゲンシュタインであっても──アプローチの真摯さという点で一致しています。歴史的に、色は取るに足らないテーマとして少なからず否定されてきました。デザインの原則や科学史を飾り立てる捕捉や余談にすぎないとされてきたのです。そんな中、色に関する一連の文献は、色というものを見定めて理解しようとしたり、名付けて分類し、文脈を踏まえて使いこなそうと追求したりすることで、色の地位を価値ある学問の対象へと高めます。

 色を追求する動機は、時代によって変遷してきました。古代ギリシャの哲学者らの望みは、この世界を理解し、私たち人間がそれをいかに経験するかを説くことでした。啓蒙主義の植物学者らは、自然界をそのあらゆるまばゆさと汚さのうちに表現する方法を模索し、世紀末の神秘主義者らは、スペクトルが超自然を垣間見せてくれると信じていました。現代の起業家や企業が求めるのは、利益を最大化するために商業上の(人工)色の独占域を定めることです。

 本書では、色の歴史における数々の重要な作品、特にカラー・レファレンス・ライブラリー所蔵の作品を、歴史的・美学的な文脈から概観していきます。美しさと野心に満ちた色についての本を紹介していく本です。色の関係性やヒエラルキーの構築、あるいは色のコントラストやハーモニー、反対色を生み出す原則の理解といった、これまでの無数の試みをたどる一冊でもあります。しかも取り上げる作品の多くは、独特の色や色調に満ち、円やグリッド、角錐や立方体にまとめあげられた美しい挿絵を持ち、理論的なだけではなく視覚的にもすばらしいものです。色のダイアグラムは、混色や色指定に用いる複雑なツールと見なされることが多いですが、それ自体が芸術作品の様相を呈していたり、情報デザインの傑作であったりすることも少なくありません。

 本書は紀元前3,000年から20世紀末までをたどることを軸に据えていますが、単なる年代記ではありません。カラー・レファレンス・ライブラリーの構成に準じ、また色のきわめて多彩な特性に応じて、年代別の4つの章とテーマ別の8つのエッセイで、さまざまな領域における色の表現を、時を超えて探求していきます。いわゆる正統とされるものだけでなく、少し変わったものまで幅広い色の文献に注意を払い、あまり知られていない、けれども色にかなり大胆にアプローチしている出版物にも目を向けています。そうした多様なトピックの混在によって、きっと読み手のみなさんは、まずカラー・レファレンス・ライブラリー内を見て回る経験をして、次は色そのものの変幻自在な特性を感じ取るといったように、さまざまな分野を飛び回ることになるでしょう。

 色というテーマはあまりに広大で、そのすべての側面とはたらきを漏れなく網羅する研究などとても不可能です。本書全体を通して、表面に浮かび上がって見えるのは顔料の歴史やアートや商業における色の歴史ですが、それはあくまで色を探求していく上で文脈と動機をもたらす要素であって、主題ではありません。またカラー・レファレンス・ライブラリーは完ぺきではなく、慣習的に歴史学を独占してきた欧州の男性研究者偏重から生じる、西洋の図書館に典型的な欠落があります。そして、本書はそのコレクションの範囲とバイアスの影響を多少なりとも受けています。とはいえカラー・レファレンス・ライブラリーは、限られた領域のなかでも絶えず幅広い見解を取り入れ、色というテーマへのあらゆるアプローチに有効性を見出そうとしてきました。WEIRD(★2)な社会特有の評価基準の影響は避けられないものの、さまざまなものを歓迎する収集方針から、錯視やオーラ、カラーセラピー、スピリチュアルのような、ともすれば日陰の身となる古く怪しげな一般書籍も数多く所蔵されています。

 色というテーマを眺める際に通すレンズが物理であるにせよ美学であるにせよ、本書で取り上げて讃える文献類が共通して照らし出すのは、アートや科学、商業やデザインにとって欠かせぬ脇役としての色ではなく、自然の力、誇り高き主役としての色の観念です。読み進めるなかで出会う研究者らは、しばしば色を擬人化して個性を持たせたり、人生を豊かにしうる原始的な力だと評したりします。そのアプローチは、波長を測ったり、住宅の装飾計画を練ったり、鳥の羽根のパレットのカラーマップをつくったり、さらには呪文をかけたりと多様です。それでも、色の変化をもたらす力への確信によって、彼らは世紀をまたいでつながっています。色を秩序づける行為は、ずっとこの世界の秩序づけの代替行為であったし、人間の体験のさまざまな側面を定量化する方法のひとつだったのです。

 画家でバウハウスの教員でもあったヨハネス・イッテンは、名著『色彩の芸術(The Art of Color)』(1961)においてスペクトルについて考え、「黒と白の間には、色彩現象の宇宙が脈打ち存在している(★3)」と述べました。幸いなことにその宇宙が、あらゆる輝かしい配列、色合いと濃淡、線形や円形でもって本書の表表紙と裏表紙の間にも広がっています。

★1 図書分類法のひとつで、分類記号にアラビア数字を用いるもの。まずテーマ別の「類」に分け、それを細分化していく

★2 Western, Educated, Industrialized, Rich, and Democraticの略。主に研究サンプルについて「西洋の、教育を受けた、産業社会の、裕福な、民主的な」人々に偏っている状況を指す

★3 ヨハネス・イッテン著、大智浩・手塚又四郎訳『色彩の芸術:色彩の主観的経験と客観的原理』〈美術出版社、1964年〉より引用

目次。年代別の4つの章とテーマ別の8つのエッセイで、
さまざまな領域における色の表現を、時を超えて探求していきます。

Amazonページはこちら。電子書籍版も発売予定です。


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