試し読み:『多元世界に向けたデザイン』監訳者あとがき
2024年2月の新刊『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』より、監訳者(水野大二郎、水内智英、森田敦郎、神崎隼人)の「あとがき」をご紹介します。
原書はこちら。数年前から大きな話題となっていた本です。
わりと薄めのペーパーバックだったので、日本語版が500ページを超える大著になるとは見越せておらず、30万字を超える翻訳原稿を受け取ったときは震えました。気軽に読み通せるページ数ではないので、この「監訳者あとがき」で概観を掴んでいただければと思います。
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監訳者あとがき
本書は、ポスト開発論・批判開発学の世界的権威の一人であるアルトゥーロ・エスコバルの著作『Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds』(Duke University Press, 2017年と書籍には記載、ただしDuke University Pressホームページ上では2018年3月刊行とある)の邦訳である。あまり知られていないが、原著はクリエイティブ・コモンズ:表示 - 非営利 - 継承を付与して公開されたエスコバルによるスペイン語の著書『Autonomía y diseño La realización de lo comunal』(Ciudad Autónoma de Buenos Aires, Tinta Limón, 2017 )の英訳・改訂版にあたる。
気候変動や生態系破壊、あるいは経済的不平等や文化的抑圧など、社会生態学的危機が蔓延する現状に対して、我々はどのように存在し、思考し、実践できるのか。エスコバルが本書のタイトルに掲げた「多元世界」のためのデザインとは、危機の原因とされる「(近代的世界観に依った)1つの世界=OWW」に対抗するものだが、はたしてデザインは多元世界への移行の手立てとなりうるのか。本書は以上のような問いに立ち向かうべく、各2章からなる3部構成の本論と、序文、序論、結論、そして注釈で構成された野心的な著作である。
ポリティカル・エコロジー、科学技術社会論、デザイン人類学、デザイン学、批判開発学、政治的存在論、フェミニスト理論、ラテンアメリカ研究など多様なジャンルを横断しながら、本書は新たなデザインをさまざまな音楽と共に思索する(本書は冒頭で、ボブ・マーリーに捧げられている!)。ヴィクター・パパネックへのオマージュ(Design for the Real World:生きのびるためのデザイン)から始まる第1部では、デザイン学・人類学双方の理論的基盤がまず整備され、第1章では参加型デザイン、ソーシャル・イノベーションや持続可能性のためのデザインなどが、第2章ではデザイン人類学や開発人類学などが紹介される。次いで第2部においては、持続不可能な家父長制資本主義近代の代替としての相互依存的、多元的な世界観の要請について述べられる。マトゥラーナとバレラの再読を中心に第3章は展開し、これを補完するかたちで、第4章においてはウィノグラードとフローレスによる「存在論的デザイン」が示される。そして本書のタイトルでもある第3部、第5章ではトランジションのためのデザインに焦点を当て、カーネギーメロン大学において提唱されたトランジション・デザインなどが紹介される。そして最後、第6章は、「共同的なもの」の実践として持続可能な未来の世界をデザインする「自治゠自律的デザイン」の概念が、ラテンアメリカ先住民やアフロ系住民のコミュニティによる社会運動などに触発された帰結として示される。
本書の内容はまさに百花繚乱の様相を呈している。そのためか、Murphy(2019)の本書評でも指摘されるように、多様な専門用語や複雑な散文構造が用いられ、不必要に難解な箇所もある。結果として本書は、(最も重要な読者の一人であるはずの)デザインや地域開発の現場に携わる人を遠ざけている可能性がある点は看過できないだろう。それでもなお本書が世界中で多くの人を魅了しているのは、Chakraborty(2019)の本書評でも賞賛されるように、圧倒的な量の知的作業を一冊の書籍としてまとめ上げ、ある種の参考書として多元世界のためのデザインに関する諸概念を多元的に伝え、誘おうとする点に他ならない。
ここでは、あとがきとしてそれぞれ人類学とデザインを専門とする監訳者4名の視点から、本書を読み終えた読者の皆様と共に本書の意義を振り返りたい。
人類学から
エスコバルが最初に注目を浴びたのは、戦後の開発体制を専門知と規範的言説からなる権力の体制と捉えた1995年の著書『開発との遭遇』であった。この著作で彼は、開発体制がラテンアメリカやアフリカ、アジアの諸国を「低開発」として位置づけ、経済発展を最優先する開発計画の対象へと作り替えていったことを説得的に論じている。エスコバルはまた社会活動家でもあり、2001年に設立された社会運動の国際的な連合体である世界社会フォーラムの結成でも大きな役割を果たしている 。
『開発との遭遇』ののちエスコバルは、アクターネットワーク理論の知見やダナ・ハラウェイのフェミニズム科学技術論、ポストコロニアリズム、ドゥルーズ+ガタリの哲学、複雑系理論などを取り入れて、独自のポリティカル・エコロジーの研究に取り組み始める。また、同時にコロンビア太平洋沿岸地域のアフロ系住民の社会運動のフィールドワークにも着手している。ここでは自然環境を保全しようとする国際的なイニシアチブが、保護の対象となる「自然」を科学、テクノロジー、制度、言説などからなるネットワークを通して作り出していること、これに対して土着の社会運動は日常生活や生業、伝統に基づいて異なるかたちで環境との関係を取り持っていることを指摘し、両者の緊張関係を明らかにしている。この独自のポリティカル・エコロジーの試みが結実したのが『差異の領土』(2008年、邦訳中)である。
ここに現れているように、エスコバルのデザインへの関心の背後にあるのは、物質的な点でも社会的な点でも世界を近代的な価値を中心に作り変えていくという、開発体制への批判である。彼の批判はまた、政治的存在論など、過去10年間盛り上がりを見せてきた世界の多重性をめぐる人類学的な議論と密接に連携している。本書にも繰り返し登場するマリソル・デ・ラ・カデナとマリオ・ブレイザーはここで重要な役割を果たしている。2人は、環境をめぐる葛藤(デ・ラ・カデナはペルーのアンデスにおける鉱山開発への抗議運動、ブレイザーは野生動物保護をめぐるパラグアイ先住民と科学者・行政の対立)を舞台に、先住民と国家が山や野生動物といった自然の世界を異なるかたちで作り上げていることを描き出してきた。とくにデ・ラ・カデナは、近代的な世界の側からは、意識を持つ山や精霊が存在する先住民の世界を完全に理解することはできないこと、にもかかわらず互いに解消不可能な差異を抱えたままの共存は可能であることを主張している。日本でも、2016年に大村敬一、佐塚志保、グラント・ジュン・大槻および本書監訳者の森田が、上記の2人およびアナ・ツィンらと共に「The World Multiple」という国際カンファレンスを開催している(Omura, et al. The World Multiple. Routledge, 2018)。同時期に出版されたデ・ラ・カデナとブレイザーの編著『A World of Many Worlds』とともにこれらの研究は、「世界」は我々の物質的、社会的、技術的な実践を通して編成されていくこと、それゆえ複数の世界の共存は可能であることを強く主張している。
本書でも述べられているように、人類学のこうした主張は、1つの世界の構築に抵抗する社会運動の対抗的なビジョン、とくにサパティスタ民族解放軍が掲げる「多くの世界が収まる1つの世界」のスローガンに呼応するものである。開発体制が近代化された1つの世界を作り出すのに対し、草の根の運動は先住民の世界や非西洋世界が差異を維持したまま互いに共存する世界を求めてきた。本書で論じられる多元世界を理解するためには、複数の世界の共存を目指す社会運動の長年にわたる葛藤があることは見逃すことができない点である。
デザインから
本書でも引用されるように、マンズィーニによれば、デザインとは望ましい機能や意味の達成のために物事がどうあるべきかに関する文化、実践である。そして本書は、デザインにおける「望ましい」とは何なのか、その目的、対象、手段の再編を試みていると読むことができよう。再編にあたっては、「近代のデザインプロジェクト」に貢献してきた従来のデザインとは異なる種の合理性に基づくデザインの必要性が、マンズィーニのみならずクロス、フライ、アーウィン、トンキンワイズ、サッチマンといったデザイン学研究者らの言説と併せて紹介された。そして、その実現のために人類学とデザイン学が結んできた関係として、「デザイン人類学」「エスノグラフィとデザイン」「デザインの人類学」に加え、「人類学的関心に基づくデザインの再定位」、すなわち場所に根ざした世界の多元性をデザインに吹き込むことが示された。
この4形態の分類が、OWWから多元世界への移行を示唆するならば、以下のようにデザイン学における理論・方法論の展開──人類学的関心と共振し、拡張するデザイン──を理解することもできるだろう。
進歩的な物語としての世界の救済と無限の成長のための体系的な工業デザイン方法論
周縁化されてきた人々のための批判的、包摂的、参加型、持続可能なデザイン
デザインの政治性を考慮した参加型デザインの先鋭化、スペキュラティブ・デザインやソーシャル・イノベーションのためのデザイン、政策デザイン
多元世界へのトランジションとシステミック、エコロジカル、サーキュラー、リジェネラティブ、トランジション・デザイン
つまり、場所に根ざすという意味では状況依存的ながらも、本書は理論的展開を一定程度抽象化させ、2024年現在におけるデザインの目的・対象・手段を整理したと見ることができるだろう。
目的:無限の成長から、環境・経済・社会の持続可能性、そして多元世界に向けたトランジションへの拡張
対象:一部の人間のための利益から、周縁化されてきた人々やそれらを取り巻く社会の互恵性、そして非人間を含む環境の相互依存性への拡張
手段:専門家主導の一方向的なものから、デザインの政治性を考慮した参加型の双方向的なものや脱植民地主義的なものへ、そして自然生態系を含む多様な利害関係者間の相互依存的ネットワークへの拡張
人間不在の人工物開発に対する批評的要素を含んでいた人間中心設計が、特定の顧客ニーズの理解を通した新規事業開発の一手法に変容して久しい。その反動として、DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンの略)やDAO(分散型自律組織)といったキーワードが2024年現在デザインでは注目されている。本書は人間中心の「望ましさ」を超え、人間を含む多様なネットワークが織りなす「望ましさ」として自治゠自律的、多元的なデザイン実践への展望を示したが、このような考えはDAOのように、非中央集権的ガバナンスが可能とする新たなデザイン実践とも共鳴する点がある。道具的・商業的指向性からの完全な脱却はおそらく困難であるとはいえ、情報技術とグローバル・サウスからもたらされる存在論による、自治゠自律的な場所に根ざした共同体の再発明はデザインできるのか? 本書結論でも未解決のまま閉じられたこの問い──新たな望ましさ──に向き合うことが、次なるデザイン実践者に託されたテーマであろう。
結語
気候変動と環境の危機が、近代化と開発体制が目指す近代化された1つの世界が本質的に持続不可能であることを明らかにするにつれて、「多くの世界が収まる1つの世界」の重要性はますます高まりつつある。従来、社会科学は現実がどのようなものであるかを認識・記述し、それを通して新たな現状認識を生み出すことを目的としていた。一方、深刻化する気候と環境の危機は新たな認識を得る以上のアクションを求めている。本書でエスコバルは、このような世界を変えるアクションの可能性をデザインに見出し、「多くの世界」についての人類学的な理解に基づくデザイン実践の再編を目指しているのである。
ただし、現状のデザイン実践の再編を要する「拡張するデザイン」は、目的、対象、手段が不明瞭だとデザイン実務者から捉えられ、異分野で流行する専門用語を闇雲に濫用しているのではないかとデザイン研究者から怪しまれている点は否めない。デザインと人類学が協働して拓く新たな研究と実践の地平に向かい、トランジションを経験可能な物事としてつくるにあたっては、大規模な組織的活動のみがその対象ではない。デザイン・アクティヴィズムとして小規模でも迅速に展開することも可能であろう。拡張するデザインに対する懸念や誤解を解消すべく、近代的な経済成長とは異なる合理性に向けたデザインの臨床的研究と実践の蓄積が、本書を通して加速することを期待したい。
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