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楽園―Eの物語―足形ゲーム

 翌日、館の住人達はカードゲームに興じていた。
 丸く座って、全てのカードを配り終えたら、自分の手を見て、同じカードのペアがあったら場に捨てる。
準備が出来たら順に、右隣の人から一枚引いて、ペアが出来たらやはり場に捨てる。
手持ちのカードが無くなったものから勝ちになり、最後に足形カードを持っていた者が負けになる、単純なゲームだ。
ただしその都度負けた者が、全員に足を羽根でくすぐられ、その日一番の勝者が、全員に一日限りの命令が出来る、おまけが付く。
「お姉様はどうして、足形のカードを引いて下さらないの!?」
 フレイアがたまりかね、小さく叫んだ。
「負ける確率が、上がるからです」
 ルージュサンが冷たく返す。
「確率もなにも、ひかなければ負けようがありませんわ」
「最後の一枚になれば、引かざるを得ません」
 ルージュサンは、自分の手を見たままだ。
「それもそうだわ」
 フレイアが納得しかけて思い直す。
「そうじゃなくって!どれが足形かどうして分かりますの?何か仕掛けがあるんじゃありません?」
「ありません」
「では仕掛けなしのいかさまは?お姉様なら出来るに違いありませんわ」
「出来ないこともないですが、していません」
「じゃあ、何故ですの?」
「一つ、教えて差し上げましょう」
 ルージュサンがちらりとフレイアを見る。
「足形カードを持っていることを、先程から皆に言いふらしていますよ」
「あっ!!」
 フレイアが口をあんぐりと開けた。
「貴女は本気でカードゲームをしたことが、あまりないのでしょう。コツ以前の問題です」
「私は勝者にはなれませんの?」
 フレイアが肩を落とす。
「今日は無理でしょう」
 ルージュサンの声は冷たい。 
「二人に言うことをきかせたかったのに」
 フレイアの言葉に、ユリアとナザルが顔を見合わせる。
「何を命令するかは、途中で言っちゃ駄目なんですよ。多分関係ないでしょうけど」
 ルージュサンからカードを引きながらセランが言った。
「そうですわね。私に勝ち目はないんですもの」
「そういう意味じゃないんですが。そういうことでもありますね」
 セランが一組、場に捨てる。
 残り一枚だ。
「よくわからない。教えて?」
 ユリアがセランから引き、ナザルを見る。
「言葉の問題じゃないでしょう。俺にもよく分かりません」
 ナザルがユリアから一枚引き、一組揃って場に捨てた。
「私にも分かりません。フレイア様はいかがですか?」
 ドラがナザルから一枚引く。
「わたくしにもさっぱり。ああ、又揃いませんわ」
 フレイアがドラから引いたカードを後ろ手で交ぜ、胸の前で開く。
「ではこちらを・・・上がりです」
 ルージュサンが引いたカードをペアにして、場に捨てる。
「又ですか」
 ナザルが溜め息を吐く。
「ルージュはゲームに強いんです。二人ではあまり遊んでくれませんが」
 セランがフレイアから一枚引き、場に捨てる。
 残り一枚だ。
「私が勝つと喜ぶのだから、張り合いがありません」
 椅子を少し後ろに引いて、ルージュサンが座り直す。
「妻が勝って喜ばない夫が、どこにいますか」
 セランがユリアにカードを差し出しながら言った。
「上がりです」
 ユリアは残り二枚になったカードを、ナザルに向ける。
「よく、わからない」
「大丈夫。ユリアさんはこの一年で、日常会話を殆ど理解出来るようになりました。理解が必要なのは、セラン様の人格についてです・・・上がりです」
 ナザルが一組場に捨てた。
 残り一枚をドラが引く。
「それも大丈夫です。慣れです。慣れ」
 ドラも一組揃った。
 あと一枚だ。
「ドラさんも上がりね。ああ、もう」
 フレイアも一組揃ったが、二枚残っている。
 その目線を追っていき、ユリアが逆のカードを掴む。
「ごめんください。勝負の世界」
 フレイアの両目が思い切り垂れる。
 ユリアが揃えて、決着が着いた。
 フレイアが涙目になって椅子の向きを変え、背に向かって左膝を置き、靴を脱ぐ。
 幾重にもなったドレスの裾が、鳥の尾羽のようだ。
「では、私から」
 ルージュサンが孔雀の羽を、右手に取った。
「お誘いした身で恐縮ですが、子供達が起きるころなので、私は抜けます」
「そうね。今日はもう終わりにしましょう」
 フレイアが答える。
「賛成です」
 セランが同意し、他の三人も頷いた。
「今日の勝者は計算するまでもなく、ルージュサン様ですね。ご命令は?」
 ナザルがルージュサンを見る。
「全員互いに『さん』付けで呼び合うこと」
 フレイアが驚いて振り向き、爪先を羽根で撫でられ、肩をすくめた。
「ひゃっ、ふゆっ、ふゅふゅっ」
「それは無理というものです。昨夜フレイア様にも、お断り致しました」
 ナザルが抵抗する。
「そうです。だめ」
 ユリアも反対だ。
「ひゃっ、ふゆゆっ、ひゅっ」
 ルージュサンは、手を止めない。
「大丈夫ですよ」
ドラがナザルとユリアに向かって言う。
「セランさんが家を出られる時に、同じことを言われて、私も最初は抵抗がありました。長いこと『お坊っちゃま』とお呼びしていましたから。けれどもそのお気持ちを受け取らないことこそ、不忠だと思い至ったのです。これも慣れです、慣れ」
「うーん」
 ナザル唸り、ユリアも眉間に皺を寄せる。
「では、この国の言葉を使う時だけ、では如何ですか?」
「・・・それなら何とか」
 ナザルが不承不承承諾する。
「私も、がんばります」
 ユリアが口をきつく結んだ。
「きまりですね。では、私はこれで」
「ふひゃっ、ふっ、ふひゃ、くひゅっ」
 最後に土踏まずのきわを攻め、ルージュサンはセランに羽を渡した。
「どうして、わたくしが何をしたいのか、解ったのかしら」
 ルージュサンを見送りながら、フレイアが言う。
「三人のご様子から、推測したんでしょう。ルージュサンは、大抵のことはお見通しなんです。だからフレイアさんが願いを言っても言わなくても、関係ないんですよ」
そう言うとセランは、フレイアK指の裏に羽を這わせた。
「うっ、ひゅっ、ひゅ」
セランがナザルに羽根回す。
「そういえばカナライにいらっしゃった時も、フレイア様」
 フレイアがすかさず振り向いて、ナザルを睨む。
「・・・フレイア『さん』の短いお手紙から全てを察して、快刀乱麻の働きをして下さいましたね」
 ナザルがフレイアの足裏を、羽根の軸で縦にすうっと擦る。
「きゅう」
 フレイアは派手にのけぞったが、今日限りの呼び方にする気は、毛頭無かった。
 

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