楽園-Eの物語-誰のために
「話を聞きますよ。やはりお酒にしますか?それとも子守唄が良いですか?」
台所で木鉢を洗いながら、ルージュサンがフレイアを振り返った。
「・・・話を聞いて欲しいわ」
自分の巻き毛を指に巻き付けながら、フレイアが答える。
その様子にルージュサンの口元が弛む。
「そうしていると、まるで女の子のようですね。一緒に育っていたら、こんな風に話を聞くことも、沢山あったんでしょうね」
「そうですわね」
フレイアがくすりと笑った。
「わたくしの母が第三婦人でありながら、その姉に手を出して逃亡されたと知った時、わたくしはお父上を嫌悪しましたわ。けれどもそもそも父上と伯母上が惹かれ合ったのに、父上が人違いして求婚したのだと祖父母に聞いて、少しだけ赦せる気がしたのです。何より貴女という素晴らしいお姉様を、授けてくれた。生まれは一月と違わないのに、こんなにも頼りになるんですもの。それに比べてわたくしは本当に、甘ったれた妹だわ」
「私は話を聞くことくらいしか出来ませんが、姉として頼られて嬉しいのです。しかもその相手が、こんなにも可愛い妹なのですから」
洗い終えた鉢を伏せて、ルージュサンがフレイアの髪を撫でる。
フレイアが悲しむような、すがり付くような目でルージュサンを見詰めた。
「わたくしはずっと、王室のため、民のために尽くしてきたつもりでしたわ。王座にふさわしい嫡子たらんと剣を習い、馬も御しました。王宮から馬場に向かう道では民と交わり、その声に耳を傾け、頼まれれば名付け親にもなりましたの。世継ぎが異父弟に決まった後は、国交の為と思って、ケダフ殿からの縁談を受けましたわ」
「はい」
ルージュサンはゆったりと相槌を打つ。
「けれども今日、様々な方から話を聞いて、よく分かりましたの。わたくしは誰がそうしたか、見返りは何なのかが気になりましたわ。わたくしはそういう考え方をしていたのです。本当に王室の為を思っていたならば、一人で血筋の問題を解決しようと、むきになる必要はありませんでしたわ。そして民を思ってのことでしたら、誰が彼らを幸せにしても良い筈。わたくしはただ、自分が役に立ちたかっただけなのです。独りよがりにじたばたして、いい気になっていましたの」
ルージュサンはフレイアの瞳をじっと見詰めた。
「カナライに行った時、私は国のあちこちで、貴女の噂を耳にしました。皆、貴女に感心し、信頼を寄せていましたよ。先程のエダン喜びようを見れば、よく分かるではありませんか。貴女がどう思おうと、貴女が素晴らしい王女であったことに変わりはないのです」
「わたくしはあれでよかったのでしょうか?」
「勿論ですとも」
ルージュサンがふわりと微笑んだ。
「それにこの国の王は、結果的には知性でこの国の行く末を決めましたが、王座を下りようとした理由は、吟遊詩人になりたかったから、なのですよ」
ルージュサンをウインクをしてみせる。
「本当に?」
フレイアが目を見張る。
「本当です」
ルージュサンが頷く。
「ケダフ殿は余命が短いことを知って、わたくしを自由にするために娶ったのです。だから自分の喪が開ければ、国の決まりでわたくしがサス国から出されるように、夜を共にしなかったのです。わたくしが本当に回りを愛していたのではなく、無理をしてそのふりをしていたのを見かねたのですわ」
「愛されていたのですね」
「口づけ一つ許しては下さいませんでした」
「ケダフ殿は残された命を、貴女の為に燃やそうとした。彼はきっと懸命に努力する貴女を、深く、愛していたのです。そしてそれを貫き通した。貴女がどれ程愛されていたか、貴女の変わりようを見ればよく分かります。自分を押さえ込まず、肩肘も張らずに、柔らかく、溌剌としている。伸びやかな子供のようです。フレイア、貴女も分かっているのでしょう?貴女をそれ程愛することが出来た、彼は幸せだったはずです」
「本当に?」
フレイアの目には涙が浮かんでいる。
「本当です」
ルージュサンはフレイアを優しく抱き寄せた。
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