楽園-Eの物語-異文化交流
翌日の昼前、テーブルの上には二枚の地図が広げられていた。
大まかな地図はオグ、かなり細かく描かれているものはルージュサンのものだ。
ルージュサンはグリーン、セランは鮮やかなブルーの部屋着で並んで腰かけている。
向かいにはムンとオグが、ナザルの服を着てゆったりと座っていた。
ムンは丈が、オグは幅が余ったが、昨日の入浴とマッサージ、滋味に富んだ食事とふかふかの布団
、そして何より帰還の目処がついた為か、昨日より随分と穏やかな顔をしている。
最初に身を乗り出したのはムンだった。
《まず、東の町へ。そこから砂漠を渡る》
人差し指で地図をなぞりながら訥々と話す。
《どうしてですか?砂漠の北を抜けた方がずっと近いのに》
セランが首を捻った。
《この道を来たからだ》
ムンが答える。
《忘れ物でもしたんですか?》
セランが不思議そうに聞く。
《来た道は戻るものだ》
オグがぶっきらぼうに言う。
《そうなんですか。ところで馬ですか?歩きですか?》
《我らは生き物には乗らぬ》
ムンが答える。
《そうなんですね。荷運びにも使いませんか?》
《砂漠の入り口にラクダを預けた。砂漠でそれを使う》
《誰に預けたのですか?》
ルージュサンが聞いた。
《ウニという男だ。砂漠に入る時、オバニという男に、ラクダと案内人の手配を頼んだが、案内人がいなかった。砂漠を抜けた町で売れと言われ、道が分かるラクダを買った。売ろうとしたら買い叩かれたから、帰りに使うと預けた》
ルージュサンが気遣うようにムンを見た。
《まだ居れば良いのですが。もし居なくても、お気を落とさないで下さい》
《何故か?》
《買う者や借りる者がいれば、ためらわないでしょう》
《預かり物なのにか?》
《あの砂漠の案内人達は、そういう部族の出なのです》
《それはおかしい。預かり物は預けた者の物だ》
オグが口を挟んだ。
《彼等は砂漠の中でも、滅多に人の通らない村の出なのです。預かり物によっては痛み易いし、取りに来る者は珍しい。そこから生まれた習慣なのでしょう》
《それでもおかしい。変えるべきだ》
腰を浮かせるオグを、ムンが制する。
《我らの決まりごとも同じだ。馬に乗らず、来た道を戻る。この人達にはおかしな話だ》
《厳しい冬を共に過ごす仲間を大切にし、迷わず村に戻れる。有益な決まりごとかと思います》
ルージュサンの言葉に、ムンが薄く笑った。
《その通りだな。村の皆は何も考えずに従っている。お前達はいちいち考えるのか?》
《多くの人が争いを避ける知恵として、異文化を尊重しています。けれどルージュは違う》
セランがすっくと立ち上がった。
《情報を基に考察し、理解を深めて共感する。素晴らしい美徳です。その上愛情深く勇敢だ。それだけではありません》
左手を胸に当て、右腕を開いてセランが歩き出す。
《見ての通り、眩いばかりのこの美しさ!僕は常々思っているんです、ルージュの素晴らしさを世界中に知らしめるべきだとっ!》
セランは目を閉じ、右腕を高く掲げて二回転半くるりと回り、ピタリと止まった。
なびいた銀髪が身体に巻き付き、するりと落ちる。
青い清流をまとった精霊の様だ。
精霊は突然「ああっ」と叫び、頭を抱えて屈みこんだ。
「そしたら世界中の男達が大挙して押し掛けてしまうっ!弾き語りと極端な美貌以外に取り柄のない僕は、どうしたらいいんだっ!」 《何か分からんが、話を進めていいか?》
ムンが提案する。
《勿論ですとも》
ルージュサンが同意した。
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