見出し画像

楽園-Eの物語-祭りの準備

その後村は<神の子>の準備に、慌ただしくなった。
 <神の子>の衣裳は、少し上質な礼服に、森の象徴を刺繍した長い毛織物を巻き付けるだけだ。
けれど当然ながら、用意してあったのは、子供用だ。
 なので村長の甥が娘の婚礼用にと、とっておいた反物を譲り受け、三人がかりで仕立てることになったのだ。
ムンの家に泊まっているルージュサンの所には、儀式の歌と作法、礼服や織物の着せ方を教えに、村の女五人がやってきた。
 儀式の前日から、<神の子>に触れていいのは<歌い女>だけになるからだ。
《僕も一緒に覚えます》
 そう言ってルージュサンに付き添うセランに、女達は見惚れたり、涙ぐんだりした。
 手の空いている男達は、なんやかやと理由をつけて、ムンの家に集まってきた。
 夕方になると料理を差し入れに来た女達が、時には男達の耳を引っ張って、家に連れ帰った。
 三日後にはどうなるか分からない夫婦の、邪魔をする野暮を止めさせたかったからだ。
《これは大変だね。明日はきっとずっと増えるよ。明後日にはもっと》
 ざっと十人分はありそうな料理を並べ、ドニが溜め息を吐いた。
《じゃあこれ、今晩全部食べていいんですか?》
 セランの顔が嬉しげに輝く。
《この二人に任せとけば大丈夫。どんとこい、だ》
 ムンが笑いながら、ドニに言った。
《私は食い溜めが出来るのが特技なんです》
 ルージュサンは茶目っ気たっぷりだ。
《僕は美味しい物を、沢山食べるのが大好きなんです。溜められないから無駄ですけど》
 セランが続ける。
《ところでルージュサン、今日の髪型は初めて見たな》
 ムンがルージュサンに聞いた。
《この方が印象的で、効果が高いでしょう?》
 ルージュサンがウインクをする。
《呼ばれると分かっていたか》
《セランの笛は、風呂場では目につくでしょう。理由を聞いていても不思議ではありません。旅の途中で、何度かそれらしい振る舞いもしましたし。そこに私を置いていく、となれば、推測出来ることです》
《血筋のことも黙っていた》
《村から出た男系を全て調べたなら、知っていて当然です。なので改めて言いはしませんでした。ムンさんが私達の国の言葉が分かることのように》
 ムンが目を見開く。
《えっ!?ムンさん分かってたんですか?そう言えば『話せない』って、言ってましたね。でもオグさんに通訳させてました。何で分からないふりしてたんですか?》
セランが何度も瞬きをした。
ムンが表情を改めた。
《そうすればオグがいない時、二人の自由な会話を聞けると思った。信頼出来ると分かってからも、言い出せなかった。すまなかった》
 
 
 
 
 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?