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楽園-Eの物語-砂漠の花嫁

 薄い衣が風をはらんで、ふわふわ肢体を覆う。
 それでも隠しきれないすい、と伸びた立ち姿は、女の芯の強さを思わせた。
 花嫁だ。
「お前はまた、女のくせに」
 カンが口をへの字にした。
 ルージュサンは嬉しそうに、花嫁を見る。
「貴女の言う通りすぎだと、私も思います」
「それはまあ、俺もそう思います」
 カンが太股を射抜かれた、大柄の盗賊の前に屈んだ。
「花嫁の命が狙いだったのか」
 大柄の男が横を向く。
 カンが男を押し倒し、腕の動きを封じた。
「きちんと手当てが出来るまで、矢は抜かり方がいい。もっと血が出るからな。もちろん矢の先は折ってだ」
 カンが男に刺さった矢の、羽根の下を握った。
「このまま抜いたら酷いぞ。もちろん痛いし、血が溢れ出て死ぬかもしれない。その上俺は回しながら抜くからな。周りの肉はずたずただ」
 カンが矢を少し引いた。
 男が小さく呻く。
「誰に言われた?」
 男の黒目が一瞬動いた。
「言え」
 矢がまた引かれ、先が肌に刺さる。
「ユナ族だっ、そう聞いたっ」
「誰に」
 男の黒目がまた動く。
「よく覚えてない」
 様子を見ていたルージュサンが、カンの隣にすっと座った。
「大丈夫。彼はまだ気絶しています」
「他の奴らが聞いてるだろっ」
 男が言い返す。
「有難う」
 ルージュサンが少し離れて気絶している、色の白い盗賊の懐に手を入れる。
 大柄の男が目を見開く。
 ルージュサンは地図を探り出し、カンに渡した。
「なるほど」
 カンが目を細めて、地図を自分の腰帯に隠した。
 そして色白の盗賊に跨がり、平手打ちをする。
「起きろ!」
 一呼吸おき、逆の頬を叩く。
「起きろっ!」
 五度目の平手打ちで男は小さく唸り、咳き込んだ後、目を開けた。
 カンがその胸ぐらを掴んで睨む。
「お前に俺達を襲わせたのはユナ族だそうだな。ユナの誰だ」
「・・・長だ」
「嘘をつけ!本当は誰だっ!」
 カンが男を強く揺さぶる。
「嘘なんかつくもんか!」
 男がカンを睨み返す。
「正直に言えっ!」
 カンが再び手を上げる。
 そこにルージュサンが割って入った。
「長なら額に鷲の入れ墨があったでしょう。それはどちらを向いていましたか?」
 カンが眉を上げてルージュサンを見る。
 その時再び声が掛かった。
「兄さん、来て」
「ちょっと待っててくれ」
 カンはルージュサンに断って、面倒臭そうに花嫁に近寄った。
 花嫁を男達から隠すように立ち、二言三言、言葉言葉を交わす。
 カンは元の場所に戻ってすぐに、右手を上げて言った。 
「悪かった。続けてくれ」
 ルージュサンが頷いて繰り返す。
「鷲の向きは?」
 その隣では、カンが右手を振りって威嚇している。
「正面だ」
「確かですか?何故判りました?」
 急かすように言われ、男が何度も瞬きをする。
「なんで答えない!嘘なのかっ!?」
 カンが再び男を揺する。
 男が顔を横に向けた。
「大きい嘴と目が二つ、こっちを見てた」
 カンとルージュサンが目配せをする。
「そこまではタジに教わらなかったか」
 カンが鼻を鳴らした。
 男が口を引き結ぶ。
「図星か。砂漠では鷲の目の良さを讃えて、六つ描くんだ。俺達には当たり前だから、言い忘れたんだな。これはタム族の地図で、走り書きはタジの字だ。長に子供が出来なければ、次の長になれると思ったんだろうな」
 カンが吐き捨てるように言った。
「回収出来たよっ!」
 突拍子もなく明るい声が響き渡った。
 意識ある者が一斉にそちらを見て、息を呑む。
 屈んでうろうろしていたセランが、立ち上がって叫んだのだ。
 マントで身を包んでいても明らかな、完璧に均整の取れた肢体。
 フードから覗く顔は、美神を思わせ、こぼれ落ちた銀髪は場違いに清らかな流れの様だ。
「僕はムンさんのような手練れじゃありませんからね。慣れた矢じゃないと、上手くいかないんです。あ、大丈夫ですよ。細いから抜いても大したことありません。ああ、苦情を言うにも目が覚める頃には僕は居ないか」
 セランが爽やかに笑った。
 皆の眼差しが、賛美から急カーブで変容する。
 それを見たセランが左手を振る。
「大丈夫ですよ。ちゃんと消毒して毒を塗り直しますから。皆平等です。安心して下さい」
 唯一人、優しい目で見ていたルージュサンが立ち上がり、セランに微笑んだ。
 セランが満面の笑みで応え、人を器用に避けながら、ルージュサンに駆け寄った。
 三呼吸分抱き締めてからカンを見る。
「初めまして。僕はセラン=コラッド。ルージュサンの夫です」
「初めまして。俺はカン=ザザ=ジン、ザザ族の長の息子です。今回は本当に助かりました」
 カンが両手で菱形を作る。
「矢を射って下さった方にも、お礼を言いたい」
「あちらの岩陰です。案内しましょう」
 カンとセランが連れだって歩き出すと、花嫁がルージュサンの前に歩み出た。
「初めまして。ルージュサン=コラッド様。私はヒム=ザザ=ジンの二番目の娘です。危ういところをお救い下さり、感謝の言葉もありません」
「どういたしまして。この度はご結婚おめでとうございます」
 ルージュサンが煌めくような笑みを浮かべる。
「重ねて有難うございます。後のお二人にも宜しくお伝え下さいませ」
「承知しました。ところでカン殿に私の意図や筆跡のことを、教えて下さったのは貴女でしょう?こちらこそ助かりました」
「そんな・・・お恥ずかしい限りです」
 花嫁は俯いたが、すぐに、顔を上げた。
「実は私、一度貴女をお見掛けしてるんです。井戸を掘りたいと、実に堂々と皆を説き伏せてらっしゃった。あの日から貴女は私の憧れです。砂漠に生まれた私には、望むべくもないことですが」
「嬉しいお言葉です。だけれど私が自由に動けるのは、家族や仲間が支えてくれているからです。あの日お父上は、女の私の話に、あっさりと耳を傾けて下さいました。あれは利発な貴女に、女への感覚が影響されていたからなのですね。お陰様で他の族長達の説得も、順調にいきました」
「私が貴女な役に立てたと?」
 不思議そうに花嫁が言った。
「はい。貴女の存在が、私を助けてくれました。そして砂漠に自由な井戸を二つ、掘ることができたのです」
「私に甘い父や兄弟といても、息苦しい毎日でした。これから私は夫の従属物になります。それでも私は私として、世に関わっていけるのでしょうか?」
「勿論ですとも」
 花嫁の心細げな視線を、ルージュサンの落ち着いた笑みが受け止めた。
「貴女の幼名を教えて頂けますか?」
「マナ、マナといいます」
「マナ。真という意味ですね。良い名前です」
 ルージュサンは小指からリングを抜いて、花嫁に差し出した。
「ささやかですが、私からの餞です。マナさん、貴女のこれからの人生が、真の幸せに溢れたものになりますように」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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