平日日記 植物万能薬
ソフォラリトルベイビーという小さい木が、毎日葉をハラハラ落とす。リスザルの小指の爪みたいな、小さな小さな葉だ。落ちた葉を卓上ちりとりで取っては捨て、また葉が落ちては捨てを繰り返している。こんなに葉が落ちているのに、なぜか葉は生い茂っている。わたしが知らないあいだに新しい葉が出ては、古い葉と入れ替わっているのだろう。人間の細胞みたいに。
ひと月前には、葉ダニにやられて萎れていたけれど、四方八方に枝を伸ばし、絡まり合い、元気いっぱいの姿を見せてくれている。枝から緑の突起がにゅるりと出ていると思ったら、翌朝には小さな葉となり、そこからまた枝が伸びる。ジグザグに伸びる枝にチロチロとなっている葉たち。
可愛い可愛いと毎日愛でていたら、この2,3日で少し元気がなくなってきた。
たぶんわたしの目線が鬱陶しかったのだ。
ほったらかしすぎるのも、目をかけすぎるのもあまり良くないみたいである。人間との距離感もままならない内に、植物との距離感をも誤ってしまったようだ。
慌てて無関心を装うが、木はもう私の目線に敏感になってしまっている。生命力がありありと溢れていた2,3日前とは大違いで、しおしおと過ごしている。
私は困って、アパートの1階に暮らしている仙人に相談することとした。
「こんにちは」と2階ベランダから顔を覗かせると、ベランダで猫を膝に乗せてダラダラしている仙人が、「よう」と答えてくれた。
かくかくしかじかこういう訳で、と木の様子を説明すると、仙人はとうもろこしの髭みたいな顎髭をなでつけながら、「植物万能薬を使うしかないだろう」と言った。
「なんですか、そのインチキくさい薬は」
「伝統ある特製薬だよ。騙されたと思って使ってごらん」
仙人が1階から私のベランダに向かって、スポイト状のプラ容器に入った薬を投げた。ワタワタ受け取ると、スライムみたいに真緑色の液体が入っていた。
「これ、どこにでも売ってるやつじゃないですか」
「由緒正しい妙薬だから広く流通しているのさ」
「本当かなあ。まあとにかく、使ってみます。ありがとう」
部屋に戻ると、ソフォラと目が合ったため、慌ててそらす。仙人から頂戴した植物万能薬なるそれの先端キャップを外して、ソフォラの土にぶすりと差し込む。スポイト内に、気泡がぽぽぽ、と回った。
結果として植物万能薬の効果は絶大であった。今やソフォラは元気いっぱいに勢力を拡大し、新陳代謝も目まぐるしく、ハラハラと落ちる葉を拾う頻度は飛躍的に上昇した。
道端で放置されているプランターなどに刺さっている緑の液体、私はその薬をなめてかかっていたが、今ではその開発者に足を向けて寝ることができない。
ソフォラの足元で、緑の液体が入ったスポイトが
「侮るなかれ」
と言ったように聞こえた。
2021.10.16 小鹿かの子