山裾の家にて
今住んでいる家は、すぐそばに山がある。ソファに座って外を眺めると、緑の斜面しか見えず、空は見えない。林縁部に、背の低い草本類が競うように伸び、濃い緑の風景が出来上がっている。
植物はとても強い。この物件の内覧をした3月下旬には、まだ土肌が見え、見窄らしい景色だったのに。
暖かくなるにつれ、いくつかの植物が花をつけ、カナブンなどの昆虫たちが花粉を運んでいる姿が頻繁に見られた。梅雨の時期には、ぐんぐんと草丈が伸び、葉の色も一層濃い緑になった。7月、8月以降は夏の日差しをうけ、ますます光合成が捗っているように見える。
仕事を終え、家に帰ってくる景色がとても好きだ。JRで最寄駅までたどり着いたら、自転車に乗る。坂があるのだが、我が愛車は軽く、すいすい進む。
家がある方面は、人があまり住んでいない。車はたくさん通るが、通り過ぎるだけだ。その中を、1人自転車で進む。夕方になると、ひぐらしやつくつくぼうしの鳴き声が目立ち始め、とても懐かしい気持ちになるのだ。周りに人がいないのをいいことに、マスクを外し深呼吸すると、爽快な気分になる。
自転車を漕ぎながら、ふと顔を上げると明るい青空と入道雲が目に入った。ザ•夏休みな風景。
こんな景色をみると、いつも門司にある父方の祖母の家を思い出す。昔ながらの平家で、玄関の鍵はあってないようなもの。門前でインターホンを押すと、つっかけを履いた祖母が、にっこり笑って出迎えてくれる。
今の家の周辺は、あの祖母の家の周りの山々によく似ている。帰宅する度に、やたらと懐かしく、帰ってきたーという気持ちになるのは、きっとこういう訳なのだろう。
あと何年この家に住むのだろう、と思う。賃貸の物件なので、終わりの棲家に、とは考えがたい。山裾の植物が枯れて、また土肌が見えてきて見窄らしくなっていく様と、それが驚くべきスピードで青々としていく様を、あと何度ながめられるだろう。
8月も残り4日。また、あっという間に1年が終わってしまうなあ。
2021.8.27 小鹿かの子