ミュージシャンのボクと音楽の出会いとこれまでの歩み
今回、自己紹介編ということで、今回は音楽編をやっていこうかなと思います。
ボクは今、音楽と旅というテーマで色々な活動をさせてもらってますが、ボクの人生において音楽とはどういったものだったのか、出会いとはどういったものだったのかを深掘りして話します。
音楽との出会い
ボクが音楽に目覚めたのは、中学校2年から3年くらいの時ですね。別に幼少期にピアノを弾いたり家にあった楽器を触ったりという経験は全くなくて、どちらかというと音楽が苦手な方でした。
音楽の授業も苦手でした。その背景にはある価値観的な理由がありました。うちの故郷は山口県の片田舎なんですけど、音楽やってるのは女の子が多かったんですよね。
女子がピアノを習うもので男子はそういうことはしない、という風潮や価値観がありました。ちょっと音楽ってダサいよねみたいな考え方が男子の中で生まれてたのです。
ドラマが音楽の扉だった
そういったこともあって、全然音楽的な才能もなく過ごしてきたんですけども、中学校の頃に、思春期だから色々ファッションやポップカルチャーに憧れるわけです。特にドラマにハマったんですよね。
当時はKAT-TUNが黄金期でいろいろとドラマに出ていました。それを見て、東京の舞台がドラマで「うわ、東京かっけえな」となりまして、ドラマの主題歌とかにも影響されるんですよ。
ドラマごとに主題歌をそれぞれ覚えていって、歌の知識とか、音楽の知識を仕入れていったわけです。
ビジュアル系に目覚める高校時代
そして、中学校2年生の冬かな、the GazettEというビジュアル系ロックバンドを聞いた時に衝撃を受けたんですよ。
当時ガッツリメイクをしてて、それまでポップなドラマの主題歌とか聞いていたボクは、衝撃を受けました。初めて『紅蓮』という曲のMVを見てthe GazettEを知ったのですが、ボーカルのRUKIがビデオでマイクを舐めてるんですよ。
普通、J-POPではそんなことはしない。それですごく衝撃を受けてthe GazettEの他の曲とか聞き出してっていう感じで、激しめの音楽にハマっていきました。
その流れが高校でも続いて、the GazettEからさらにルーツを辿って、LUNA SEAとか、X JAPAN、黒夢とかを聴き始めました。ちなみに90年代ロックとは世代的には10年くらいズレているのですが、なぜかボクの青春音楽になっているという、、、笑
バンドを組むために生きた()
そして楽器については、ギターを中学校の時に弾き始めました。家の物置の古いのを引っ張り出してきて初心者練習です。高校に入ったらバンドでも組みたいなと思ってたんですけども、高校がスポーツ系の高校でバンドを組めませんでした。
ベースを弾ける子やドラムを叩ける子がクラスにいたんですけど、結局スポーツの方かもしくは不良方面(笑)に行くっていうことで活動することができなかったです。でも、別の楽器経験がない子が文化祭バンドを組もうって誘ってきてくれて、文化祭に出たのが思い出です。
安の定、楽器やったことない子だったんで本番は散々でした。それも今ではいい思い出です。
余談ですが1個下の学年の子たちには、ガチでバンド活動している子がいて、結構地元のメディアとかにも出てて世代間違えたなと思ったのを今でも覚えてます。
音楽の趣味が変わる大学受験期
それでチャンスは大学だと思って、東京の大学を受験することにしました。 ただ、大学受験の頃からちょっと音楽の趣味がビジュアル系から変わって長渕剛とか聞くようになったんですよね。
ある日突然ちょうど長渕剛の『乾杯』のかかるCMやってて、メロディを聴いて心を打たれました。
悲観的なビジュアル系の歌詞と違って現実に立ち向かう長渕剛イズムに惚れました。それから長渕剛にガンガンハマります。
東京で音楽活動開始
そして、東京でバンドのメンバー募集しました。 理想としては大学の同級で組めればいいかなと思って、理想通り同級生と一緒に活動することになったんですよ。ただしユニットっていう形でボクは活動してました。
それがDot.Noiz(ドットノイズ)というユニットで 神奈川県の湘南エリアでライブ活動していました。
2年ぐらい経った頃、音楽性の違いってやつで解散することになりました。当時は引き語りメインのユニットで片っぽがアコギ、片っぽがエレキみたいな感じでポップロックみたいな音楽をやってましたね。
アーティストで言えば、SIAM SHADEとかそういう感じです。それをアコースティックアレンジしつつ、オリジナルの楽曲も作ってました。ちなみにボクがその時生まれて初めて書いたオリジナル曲が『夏恋物語』という曲です。
ソロデビュー!?
ユニットとしての活動がストップした後は、新しいメンバーを探しましたが上手くいかず、やりたいことをやるために1人で活動し始めます。
DTMで作曲してそれをライブハウスで披露するといった活動をしていました。
音楽で大舞台に立ちたい欲がなくなった
それで途中から音楽についての考え方が変わり始めます。音楽始めた頃は、みんなそうと思いますが「武道館に立ちたい」というギラついた感じがあったのですが、今は海外の小さなライブハウスで歌いたいなって思うようになったんです。
ライフスタイルを考えた時に自分の中で価値観がズレてきたんです。どうせ日本で売れっ子になっても忙しくて海外行けないしね。
作風も変わってきました。
その後、活動の軸をライブ配信や音源制作などカジュアル系な音楽表現に切り替えます。
それで今に至るっていう感じですね。価値観が変わるきっかけになった旅との出会いについては、また別で喋ろうと思います。
まとめ
まとめると、中学校でドラマを通して音楽を聴き始めてギターを弾き始めました。それから中高でビジュアル系にはまって、大学受験の時に長渕剛に染まります。
それから大学から作曲しながらライブしてソロになって今は「旅との両立」をテーマに音楽を続けているっていう感じです。
じゃ、また。