【長文】恐怖と金欠のNYステイ(3)
『哀』から「恐怖」のNY思い出話しです。
当時、就活は規定通り4年生からと思っており、僕も周りと同様に漠然と法律関係の道に進むのだろうと他人事の様に思っていたが、この旅で根底から覆された。
NYステイ3日目。翌日はお土産を買って次の訪問地でありワシントンD.C.への移動日のため、実質最終日となる。この日の目的は、ホテルからも近いセントラル・パーク界隈がメインとなった。
先ずはメトロポリタン美術館で好きなアートを鑑賞し、おまけに特別展のエジプト関連コーナーは圧巻だった。続いてパーク内で休み休み向かった先は、アメリカ自然史博物館。
今では映画ミッドナイトミュージアムでお馴染みのティラノサウルス🦖の骨格がある博物館と言った方がいいかも知れない。とにかく天文や考古学に関心がある者にはここは外せない。ワクワク感いっぱいで訪れた時、ある展示模型のジオラマで開館中にもかかわらず修復作業をしていたのだ。
その作業が面白く、恐竜🦖の模型の立ち位置やバックの雲をエアブラシで描く様子は、まさにプロのなせる技で釘付けとなった。スタッフの中には作業を仕切るディレクターがいて、全ての仕上がりに対しOKかNGサインを出していた。
カッコ良い!そして何より清々しく見えた。
スタッフからも信頼されている様で皆んな楽しみながら真剣に取り組んでいた。子供の頃からものづくりが好きで夏休み工作にはかなり時間をかけて取り組んだ記憶がよみがえった。この時は軽めにその程度で通り過ぎたが、後で職業選択で悩むとは夢にも思わなかった…😅
ランチはパーク内でホットドッグ🌭とコークを買って食べた。サイコーに美味しかった😋 公園で寛ぐ人達や奏でる音楽を聴きながらベンチで休んでいたら、うとうとと連日の疲れも出たのか、少し居眠りをしてしまった。その後は、パーク内最後の訪問先となる、ジョンレノンのメモリアルパーク、ストロベリーフィールズへ向かった。
実はパークに来る前に、ホテルを出てからダコタハウスに立ち寄り冥福を祈って来た。亡くなった後、メモリアル記念碑の建造にも寄付したが、工事延期か何かで寄付金が返された経緯もあり一度は訪れたい場所だった。到着するや多くのファンがいて各々がジョンを偲んでいた。
広大なパークを歩き、美術館や博物館内も歩き回り見したせいで結構疲れたので、5番街までは地下鉄で行こうと近くのメトロまで行きトークンを買おうと財布を出そうとしたが…無い?うん…まさかな…やはり無い😫 もう終わったと思った。
落としたのか…それともスられたのか?
呆然とベンチでまた項垂れていた…
さすがに今回は助け人は来ない。
結局、無いなら借りるしかないと、バンクに行こうとするも、時代が時代なだけに直ぐには調べられないので、先ずはホテルへ戻り口座のある富士銀行の場所を教えてもらった。
がしかし、落着は程遠い…教えられたバンクは、確かに富士は付くが信託銀行だったので、改めて富士銀行の場所を聞くと、ワールドトレードセンター内にあると言われた。時間が無いので、行員に10$お借りしタクシーで向かい何とか閉店前に間に合った。
更に、がしかしだった…身分証明書も何も無い。マジで終わったと思った。その時、担当してくれたお兄さんが、口頭で名前と生年月日、住所、電話番号を教えてくれますか?と言うので告げるや学生ローンカードを作っていた事が幸いし、合致したので本来ならば規定違反だが特別に5万円までなら貸しましょうと許可が出た。幸運だった。5万円あれば、この後のワシントンとLAはホテル代を支払い済みなので食事と土産代だけなら何とかなると思った。
心底感謝し、お兄さんにお礼を言ってセンターを後にした。そんなビルだっただけに、9.11のテロの時はライブで深夜TVで見ていたが涙が止まらなかった事を思い出した。その後もお兄さんの消息は分からなかった…
以上でNYステイ編は終わりとなるが、この思い出話しを残そうと思ったきっかけが、娘との会話から僕にも就活の時期があり、選んだ道しるべとなった旅だった事に所以する。その話はまた後で残そう…ちなみにあれ以降、NYには行く気もありません😅
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