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僕はASMR”音””楽”を聴きたい ―みむかゥわナイストライのヒットから考えるASMR反応をおこす音楽ジャンルの考察―

noteではおひさしぶりです。いままで海外VTuberのことをだらだらと書き続けていていましたが、久しぶりに自分の好き勝手に調べてASMRと音楽についてまとめてみました。正確に言えば耳をぞわぞわとさせる立体音響を使った音楽に対する自問自答です。


ASMRとVTuberが交わり始めて生まれた新たな流れ

きっかけはほんの些細なことだった。海外VTuberの調査中にVTuberでもASMRというワードをよく見かけるようになったなと思い、データを確認してみると思いのほか成長し始めていたのだ。ASMRというジャンル自体はすごい流行ってるみたいな話は度々目にしていたので知らないわけでさなかったが、人間は怠惰なので行動に移せず、こういった些細な理由から沼にハマっていくのだ。


思い返してみればVTuberブームの初期の頃から音声コンテンツとの親和性は高く、日本国内のVTuber事情に疎い自分でもその気配を感じ取れるぐらいには盛り上がっていた気がする。とくに記憶に残っているのは、にじさんじ所属の静凛さんで、DLSiteのR-18同人音声作品でよく使われるフレーズを視聴者が読ませた事件だ。


徐々にVTuberのASMRコンテンツは伸び続け、YouTuberのASMRインフルエンサーが生まれたように、周防パトラというASMRの女王を生み出した。とくにDLSiteの音声作品が当時トップセールスを記録したり、月ノ美兎が周防パトラのASMRは眠れると言及するなどASMRの女王として研究力と実力でわからせ、オタク文化的な視点でASMRの成長に貢献してきた。


R-18方面でもえっちなこと専門とするVTuber(通称:AVtuber)が増え始め、耳舐めと強く結びつくことで、ASMRがさらに盛り上がることになる。VTuberは基本インターネットをメインに活動する存在だったため、触れられたかのように錯覚させるASMRは相性抜群だったんだなと今振り返ってそう思った。


https://index.baidu.com/v2/main/index.html#/trend/asmr?words=asmr 

日本でのVTuber×ASMRの盛り上がりは中国にも波及していき、2015年の初期からASMRコンテンツが存在していたにも拘わらず、日本系のコスプレASMRの影響が強すぎて一部の動画サイトでは二次元として分類されていた。VTuberの盛り上がりと並行して中国もASMRの最盛期を迎えていたが、いかがわしいASMRのほうが反応を得やすかったためか政府から目をつけられ検索に全く表示されなくなる事態になり中国国内では落ち着きを見せている。

※現在は検索できるようになっている


https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all,all,all,all&geo=CN,JP,US,KR&q=%2Fm%2F0ngt1v6,%2Fm%2F0ngt1v6,%2Fm%2F0ngt1v6,%2Fm%2F0ngt1v6 

そんな事情があったため、Google Trendsのデータでは日本や中国が、ASMRの単語が生まれた英語圏やASMRブームの発祥になった韓国を上回る事態になっている。これが2024年のASMR。そんな現状のASMRを語るのも面白いのだが、文脈が1人で漁るには広く深すぎて無理ゲーなので、それはどっかでてきとーに書いていくとして、その中でもう1つ気になっていることがある。

それは「ASMR音楽」である。


ASMRの音楽が気になり始めたのもやはりVTuberがきっかけだった。とくに面白いなと思わされたのはホロライブ所属のアキロゼの「『Nekoze Punch!!』 朝ですよ~!」だ。このMVは360度から聞こえるASMRな囁きを360度動画で表現した面白い動画だ。

他のVTuberからも続々とASMRを意識した囁きや素材感のある心地よい音をサウンドにしたオリジナルソングがリリースされている。ほかの例をあげると、夢川いちるの「sommeil」、 桜樹みりあの「桜色スイートオートマチック」、涼花みなせの「オトナリティ」、猫羽かりんの「あわふわグンナイ♪」といった感じである。

犬塚いちごの「カルミア」や萌留みみん「ダーリン♡ジュウ」、中井みのるの「我らっ!だい・けん・ぞくっ!」、蓮希るいの「わんさーそんぐ!」、餅月なこの「キミにお給仕♡耳はむナース」、月紫アリアの「しゅき好禁術」は音楽が少しパワフルだがASMRな囁きが入っていた。


ASMR音楽はいずこに?

https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=2004-01-01%202024-12-31&q=ASMR%20music%20video 

こんな感じで筆者がASMR音楽にハマっていくと気になりだすのが、ASMRが昔からブームになっているのならインターネットにはもっとASMR音楽であふれているのでは?と思うのは自然なことである。

結論から言うとASMR音楽は腐らせるほどリリースされていたが、筆者の求めていた「ASMR音楽」はYouTubeにほとんどなかった。YouTubeでASMRのMVやOfficial Audio、Original Songで絞って調べても雀の涙ほどしか見つからない。


腐らせるほどあったのは、睡眠誘導や集中力向上させることを目的としたヒーリングサウンドやバイノーラルビーツ、ホワイトノイズである。

この括りは音楽ジャンルで言うとニューミュージックやアンビエント・ミュージックに近くて、自然や素材の音やピアノなど落ち着きのあるサウンドを長時間流すのが特徴である。目的を考えれば当たり前なのだが、意識の邪魔をせずに精神を落ち着けるために作られているので、音に意識を向けると単調で、"音"を"楽"しむ系ではない。

こういった音楽は昔から作業用BGMとして一定の需要があり、そこにASMRのブームが重なることでお金儲けの機運が高まり増えていったのかもしれない。もちろんこの手のBGMは周りの音を阻害しつつも無音にならないため、作業の補助の役に立つのは間違いない。


ただASMRブームの中で、バイノーラルビーツやヒーリングサウンドが432Hzのような特定周波数を聞くと脳がアルファ波を出して癒やされるみたいなジャンルに派生して、一定の効果はあるもののどこか宗教的な空気を帯び胡散臭い話題があふれ、ASMRと合流していて少しややこしい状態。またバイノーラルビーツは認知能力を低下させる可能性があり、ホワイトノイズは睡眠補助を阻害するという論文がでてもいる。


そういう流れもあり、YouTubeで検索するとこのあたりの音楽が大半を占めている。Spotifyも似たような感じで有志によるプレイリストが見つかったりもするが、怪しいアカウントや囁きや耳舐めだけの音声が大量にかかってきて一部からは残念がる意見も見られた。


https://bandcamp.com/discover/asmr 

ではどこでASMR音楽が聴けるかというと、Bandcampである。

素晴らしいことに、ASMRタグ内で音楽ジャンルがあまり被ることなくASMR音楽が生息している。Kawaii電子音でサウンドを作り続けているgalen tiptonの「clean dreams」、不気味でダークなサウンドと心地よい囁き声の「TETË | Γ Γ Κ Φ Κ Φ​Φ​Φ​Φ​Φ​Φ​Φ​Φ​Φ​Φ​Φ」、暗闇で響き渡る民族っぽい音楽な「ghost town」、フィールドレコーディングを元にアンビエントなサウンドに仕上げた「AT US」、どことなくポーター・ロビンソンみのある「To Find Connection (ft. Plastic Pet & Ari Liloia)」、宗教や神秘性を感じさせる「Winged Seeds」など本当に様々だ。個人的には「Chilodisc vol​​​.​​​5 ( a s m r )」がASMR文化の声や素材味の強いサウンドで構成されていて一番好き。


BandcampのASMRタグのついた作品で使われているタグを集計したグラフ
https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=2010-01-01%202024-12-31&q=asmr

 そんなBandcampでASMRタグの付いた音楽作品の投稿数は山あり谷ありだが、現状は右肩上がりの気配で推移している。しかしBandcampでASMR音楽の特集は現状組まれていない。あってもたまたまタイトルにASMRがおまけで入っていた1つしかない。electronicタグが160万曲あるのに対して、ASMRタグがついてる音楽は1,400件ほどしかないので当然といえば当然である。

またASMRタグのついた音楽を聞いていて理解できたが、BandcampのASMR音楽は電子音楽やアンビエントなどの既存ジャンルから延長してきた音楽が多く、ASMRタグはASMR音楽というより「この音楽はASMRしてるよ!」とアピールしているニュアンスが強い。

逆にそういったジャンルを漁っているとASMRしているがASMRタグがついていない曲もかなりディグることもできた。またASMRタグと付随してつけられているタグでelectroが2022年に減少しているのも興味深いポイントである。


ASMR音楽とは?

話が少しそれるが、一部でちょっとだけバズった「Cookin'」がASMRCoreと呼ばれていたのも面白いなと思った。Cookin'の元になった音声は、VTuberが盛り上がり始めた黎明期に謎めいた雰囲気がうけて人気が出た鳩羽つぐの音声や環境音が使われている。元の動画はASMR系でもなく、環境音は少しASMRしているが、メインで使われている音声はASMRしていないため、Cookinは音声を左右にふるパワープレイでASMR音楽にしている。

ここでふと思った。「ASMR音楽」という単語の定義がふわふわしすぎじゃない。

まあ一部のそういうのを望む音楽好きがいるとはいえ、ジャンルとしては規模が小さすぎて、自分が勝手に暴れてるので定義もクソもねぇよである。

またASMRという「自律感覚絶頂反応による耳を始めとしたゾワゾワの広がりと心地よさ」も、聞き手によっては耳舐めや咀嚼音などにミソフォニアという嫌悪感を示す場合もある。似たような反応として音楽を聞いたときに起きるフリソンという感情の対比によって起きる鳥肌感もあってややこしい。


ちょい話があっちいきこっちいきしてるのでいったん整理しておこう。

ASMR音楽がいまいちよくわからない状態になっているのは以下の理由だ。

・ASMR音楽の大部分はヒーリングミュージックやバイノーラルビーツなどの単調な音や自然音を垂れ流す長時間動画が占めていて、プラットフォームによっては音声と音楽がごっちゃになっている。
・ASMR音楽の中にはエレクトロニクスやアンビエントなど既存ジャンルの延長線上の作品が多い。
・自律感覚絶頂反応は人によって差があり、似たような反応もあってややこしい。

またASMR音楽は立体的な音が特徴の1つだが、それはつまり立体音響技術を取り入れた音楽で既存の音楽からしたら「何か違いがあるの?」といった状態なわけである。


https://final-inc.com/blogs/final-lab/20

 じゃあASMR音楽ってなんだよって話になる。それは、ASMRを引き起こす音の状態に着目して考えれば問題ない。助かることにすでにASMRの研究は様々あり、ASMRを引き起こす音の分類もされている。

ゾクゾク感が高まる音の特徴
・音が大きくなるとき
・音色が暗くてコンパクトなとき
・音が耳に近いとき
・音源が止まっているときに比べ動いているとき
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/1747021820977174
https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2020.00316/full
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2019.12.28.889907v2 

個人的にはASMR文化に寄り添った音選びや文脈があるかもポイントかなと思う。

・囁きや吐息、咀嚼などの口による音
・水音、スライム、マッチを擦る音など素材を使って出した音
・タッピングや耳かきや耳舐めなど、この文化でよく使われるテクニック的な音


なぜ既存の音楽ジャンルはASMRタグを付け始めたのか?

https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=2009-01-01%202019-12-31,2009-01-01%202019-12-31,2009-01-01%202019-12-31,2009-01-01%202019-12-31&geo=CN,JP,US,KR&q=%2Fm%2F0ngt1v6,%2Fm%2F0ngt1v6,%2Fm%2F0ngt1v6,%2Fm%2F0ngt1v6 
BandcampのASMRタグのついた作品を集計したグラフ

Bandcampの投稿数の増加傾向の背景は、ASMR文化の継続的な拡大が要因だろう。特に韓国のASMRブームが牽引役となり、他国のASMR文化も成長を始め、それに伴ってBandcampの投稿数も増加している。しかし、注目すべき点はグラフが2017年に一時的な減少をした後、2020年まで上昇傾向が続いた期間である。

この時期の重要な出来事は何かというと、「Billie Eilish」の台頭だ


https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all_2008&gprop=youtube&q=Billie%20Eilish
https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&q=Billie%20Eilish

Billie Eilishが初めて曲をリリースしたのは2015年その頃からすでに話題になっていたようだが、現状と比べるとかなり控えめな数字であったようだ。そこから様々な実績を積み上げることで、徐々に話題になっている。


そして徐々に知名度を上げていく中で交わりだしたのがASMR文化である。Billie Eilishの音楽を聞けばよく分かるが、響き渡る立体的な音とBillie Eilishの音圧のあるささやき声がASMR文化と良い相性だった。

理由はわからないが、作曲を担当しているFinneas O'ConnellもASMRからインスピレーションを得たのか2016年7月にリリースされた「watch」では、マッチを擦るような素材感の強いASMRサウンドが取り入れられている。


https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all_2008&gprop=youtube&q=Billie%20Eilish%20Cover%20ASMR,Billie%20Eilish%20ASMR,Cover%20ASMR,ASMR%20Music,ASMR%20Music%20video

そしてASMR界隈も2017年5月あたりから引き寄せられたかのようにBillie Eilishの楽曲を囁き声でCoverし始めていて興味深い。そしてBillie Eilishは「lovely」「when the party's over」「bad guy」と次々とやばいレベルでヒットをかましていき、それとともにASMRと音楽という関係性にも注目が集まっている。

そういったBillie EilishとASMRという関係性があったためか、ASMRの音楽を調べているとBillie Eilishの、音楽にASMRファンがなぜ多いかという紹介記事や音楽にASMRの力をどう活かしているかというビジネス的な話、ASMRから影響をうけた初めてのアーティストなのか?を論じる記事、音楽の音を研究する論文など様々な視点から語られている。

その影響は広く波及してBandcampにも数字としてでていたのだ。


立体的な音楽はいつからあったのか?

ではBillie Eilish以前で、ASMRと(MVやOfiicial Musicなどが)タイトルについた音楽はあったのかというとYouTube検索で目視確認した限りでは見つけられず、あったとしてもInternet Archiveで確認すると後付された投稿だった。

それではASMRブーム以前に収録されたASMRしている音楽は何かと考えると、それはバイノーラルレコーディングなどの立体的に録音できる機器や再現できるソフトウェアを利用した音楽ということになる。

正直なところ、音の編集のやりかたでどうにでもなりそうな気もするので、世界初の立体音響というのはわからない。それでも必須のハードウェアの登場時期を見ることである程度の年代は理解できる。まず1970年代に360°の音を録音できるAmbisonic世界で初めて商業用ダミーヘッドマイクの「KU80」がドイツのNeumannから登場している。

その1年後にはドイツのラジオ放送局RIASが初のバイノーラルラジオ劇「Demolition」を発表、さらに1年後にダミーヘッドでフィールドレコーディングされたサウンドで作成されたレコード「Kunstkopf Dimensionen」がドイツのレーベルDelta-Acusticからリリースされていてダミーヘッドが販売された国だけあっていろいろでている。

音がそこまで立体的でないと疑問視する意見も見られるが、1978年にリリースされた「Lou Reed - Street Hassle」はバイノーラル録音技術を採用して商業的に利用された音楽として紹介されていたりもした。

ダミーヘッドかは不明であるが、Kunstkopf Dimensionenと同年代にリリースされたレコード「Aqua」の立体音響も耳がこそばゆくなる。こういったエレクトロニックなサウンドの音楽作品ジャンルも立体感がありASMRしている。

1958年にベルギーでおこなわれたブリュッセル万国博覧会では音と音楽のぎりぎりのラインのEdgard Varèseの「Poème électronique」が披露されている。またその1年前に初の量産ステレオディスクがリリースされていて一般ユーザーは徐々に音に立体感を感じ始めた頃合いなのかもしれない。


1950年代はこういったASMRを引き起こすような音楽ジャンルに厚みがついていて、ミュジーク・コンクレートやアンビエント、テクノポップ、チルアウトなど多岐にわたって出現していて素人が発掘するには膨大な広さになっている。

ざっと聞いてみた感じ、1956年のKarlheinz Stockhausenの「GESANG DER JÜNGLINGE」なんかはBandcampのエレクトロなASMRジャンルで聞いたことのあるカワイイ電子音から始まっていて改めてこのジャンルの歴史の深さを感じた。自分のような音楽音痴でも知っているKraftwerkなんかも全体的に立体音響していて1974年「Autobahn」はとても耳が気持ち良い。

アンビエント・ミュージックを創始したと言われている1978年Brian Enoの「Ambient 1」やチルアウトムーブメントを作り出した1990年代のTHE KLFの「Chill Out」は本当に耳から癒やされる音楽だなと感じた。

そして1990年代前後にはいると、ASMRや立体音響で大きな出来事が2つ起きている。1つは今も愛され続けているダミーヘッドマイク「KU100」の登場、もう1つはHugo ZuccarelliのHolophonics Tm Technologyから「Aldebarán」がリリースされたことだ。

KU100がどういうものかはYouTubeのASMR動画を聞き比べてもらえればわかるが、30年以上前に登場した製品にも拘わらず他とは一味違うASMR感がある。「Aldebarán」は日本人の一部にもおなじみの2007年に投稿された「3D sound "Holophonics"  ホロフォニクス」「立体音響録音技術 ホロフォニクス」の音源だ。

この音源はHugo Zuccarelliも関わったとされるHolophonics Tm Technologyの技術が使われていて、古い技術だが前後左右を感じ取れる立体感があり今でもクオリティの高い立体音響である。

1980年代にリリースされたPsychic TVの「 Dreams Less Sweet」が初めてホロフォニクス録音で作られた音楽と言われている。この技術はおそらく当時世界や日本でも話題になって様々な文献でその痕跡が見られ、他のアーティストもこの技術で音楽を作っている。

有名アーティストだとMichael Jacksonの「Bad」にも使われていて、このアルバムは日本でもリリースされ間違いなくホロフォニクスの知名度に影響を与えたのだろう。そしてAldebaránはBadの翌年に日本でもリリースされることになる。


1990年代日本での立体的なサウンド

1990年代に入ると日本でも立体音響を音楽に取り入れようとする流れみたいなものがどうにもあったらしく、詳しくは「立体音響と90年代のイルカ」に書かれてるので読んでほしい。自分の漁ってみた限りだと1993年に光GENJIがアルバム「宇宙遊詠」でアーヘナコプフ・ダミーヘッドマイクを使用していた。

「立体音響と90年代のイルカ」で紹介されていた小久保隆の音楽はアンビエント感があり、美しいキラキラしたサウンドが動き回り妖精のようなスピリチュアルがあって良かった。ヘンリー川原は当時相当マニアックだったのかネットには音源がそれほどあがっていない。だがその断片を聞くだけでも立体的な音を使った音楽でいろいろ開拓していて、熱狂的なファンがいるのもうなずけた。

民族的な空気を強く感じさせる「亜熱帯の幻影」、現代の官能的なASMRを想起させるような「電脳的反抗と絶頂」、催眠音声や電子ドラッグみたいな音使いの「サブリミナル・セックス・エクスタシー」、瞑想系の音楽のような広がりのある「幽体離脱体験」と未来に生きすぎていた感じがすごくある。 

そんな1990年代で一番ASMRしている音楽だなと思わされたのがCorneliusの「MIC CHECK」である。缶をあける音だったり、ダミーヘッドを紙でおおったり、口笛を吹いたりと現在のASMR動画のような素材感のある音で始まり、マイクチェックやシンプルな音響効果を立体的に使い、シンプルながら遊び心のつまった音楽に仕上がっていてわくわくした。

https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=%2Fm%2F02pth01,%2Fm%2F03q0m8 
https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&q=Spatial%20Audio,%2Fm%2F0pz5w,%2Fm%2F02pth01,Dolby%20Atmos,%2Fg%2F1230jxzn 

その後ホロフォニクスはHugo Zuccarelliまわりでいざこざがあって世界や日本で存在感が薄れていったがYouTubeやニコニコ動画への投稿、ASMRのブーム、立体的な音楽技術の成長でたまに注目が集まるということを繰り返している。

立体音響全般は様々な技術が登場しながらもジャンルとしてではなく音楽の付加価値の1つとして溶け込んでいったのだろう。音楽側からすると立体音響は選択肢や表現するための手段でしかなく、その綱引きがASMRブームによって起きて、BandcampのASMRタグのエレクトロニックの増加と減少というブレにつながっているのだろう。

https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=ASMR%20%E9%9F%B3%E6%A5%BD,ASMR%20music

それでは「ASMR音楽」というジャンルはないのか?


答えはNoである。


なぜならASMRという文化で育ったサウンドやASMRを意識した音楽が次々と登場しているからだ。


ASMR文化が強く反映された音楽

例えばVAZ所属のASMRtistのしなこからは「しなこワールド」(3000万再生)や「グミキュンプリンセス」(1000万再生)が公開されている。見た目からもわかるように原宿系を主としたASMRtistで、カラフルなお菓子や食べれる文房具をモクバンする動画が主力コンテンツで、MVにはそういったサウンドをメインに使用している。

オリジナルソングではないのだが竹渕慶のマッシュアップ「1人7役 Close to You」は必ず紹介しておきたい。音の収録はBlue MicrophonesというASMRtist御用達のマイクで収録されていて、心地よい音と映像に仕上がっている。他の単純な囁きのCoverとは一線を画していて、ASMRで音楽することの良さが最大限に詰まっている。

韓国でも日本のオタク文化とASMR文化が謎に融合した音楽が登場していて、日本生まれ(という設定)の田中雪男と韓国生まれの닛몰캐쉬がコラボレーションしたASMRZの「おやすみなさい、お嬢さん(prod. Gwana)」だ。MVは黒執事を想起させるような服装で「お嬢様…」「やれやれ」など女性に人気を博した漫画でお馴染みのセリフがASMRなサウンドで囁きかけられる。ダンスもギリギリネタになりすぎないラインで、男性を可愛く見せるくねくねとした洗練された動きに仕上がっている。

どういった経緯でこのコンテンツが生まれたかよくわからないが、相方である田中雪男(김경욱)は日本人芸人に扮したコンテンツをだしていて、歌舞伎町を背景にしたMV龍が如くのばかみたいを歌唱していたりするので、そのあたりから影響を受けたのかもしれない。


同人音声やVTuberの延長線からASMRに合流した文化の音楽

生身のASMRtistを中心に紹介したが、ASMRな音楽がリリースされる傾向が強いと感じているのはやはりオタク文化だと思っている。

DLsiteの同人音声作品が好きな人間には聞き馴染みのあるフリー声優の陽向葵ゅかもそんな1人だ。「❤︎ちゅーどく❤︎」はとても同人音声作品出身らしいえっちな歌詞になっていて、催眠音声やドM向けなASMRサウンドが取り入れられている。「Mine! Mine! Mine!」はVTuber文脈から独占欲の強い配信者として囁きかけてくる内容で、とても癖になる。

同人音声文脈でいうと「【92%OFF】ASMRティメットセンパイ」の大作音MADを紹介しなければいけないだろう。前半はなかなかの量の(一部R18の)音声作品がこれでもかと使われていて、後半はYouTubeでASMRを聞いているときに一時期よく広告で遭遇して爆音に耳をやられるネタの楽天カードマンである。どことなくASMRCoreやASMRハードコアみも感じられる音楽だ。

またタイトルに〇〇%OFFと書かれているのは、楽天カードマンの映像や名称を使用していたことが原因で削除されていて、そのたびにモザイクをかけながらDLSiteで作品がよく割引されることを文字ってタイトルにつけた名残である。

ASMRVTuberの大御所である周防パトラからは、2021年にASMRなサウンドを取り入れた「イミグレーションfeat.Yunomi」が投稿された。何の因果か偶然かわからないが同日に作曲Yunomiつながりで宝鐘マリンからも「Unison」が投稿され、こちらも耳に心地よいサウンドに仕上がっている。

Yunomiの音楽作品をディグってみても面白くて、デビューは2015年で、その1年後に「恋愛サーキュレーション - Yunomi “Kawaii EDM” Remix」がリリースされている。アニメ化物語のOP曲「恋愛サーキュレーション」は歌詞の”せーの!”が囁きになっていて、ASMRVTuberから度々Coverされている音楽で因果を感じる。

その後Yunomiは2018年に水音の心地よい「ジェリーフィッシュ (feat. ローラーガール)」、2019年に響き渡る風鈴や声の「蝉時雨 (feat. 福原遥)」、2020年に電子音とウィスパーボイスが特徴的な電音部の「Hyper Bass」と心地よいサウンドの実力を積み重ねていて、周防パトラや宝鐘マリンの作曲をすることになったのは必然だったのだろう。


合成音声がASMRし始めて生まれた音楽

もう1つオタク文化で外せないのはVOCALOIDなどの合成音声関連の音楽だ。合成音声でASMRしている古い音楽を遡って探すのはほぼ不可能に近い。かろうじて発掘できた1990年代の宝達奈巳の「朝 A-Sa 夢 Yu-Me 雨 A-me 火 Hi 光 Hi-Ka-Ri」は合成音声のように聞こえるサウンドが使われている。

合成音声そのものに囁き専用の機能はないため自力で調教しながら作ることになり、古い記事からもそういった試行錯誤の気配が見られる。なのでASMRブームの頃にも合成音声系のASMRしている音楽は少なく「結月ゆかりのバイノーラル初配信」のようにっぽく聞こえるように工夫していたり、「可愛いうちのミクがASMRをしてみない」のようにネタに走っているものが多い。もしくは声はそのままで「バンドを組んだよ/初音ミク」や「炭酸の音だけで/可不」のように音でASMRするのが一般的だったのではと考えられる。

そんな音でASMRしている合成音声楽曲で圧倒的な実力を見せつけているのはKikuoである。代表曲の「愛して愛して愛して」は1億再生超えをしていてボカロPを代表する1人であるのは間違いない。

そんなKikuoは神秘性やサイケデリックを感じる独特な音作りや映像が特徴だ。そんな宗教っぽさを含む音楽にASMRな響きをするサウンドは相性が良く、初期の頃から立体的なサウンドを使いこなしていた。

Kikuo自身はASMRという単語をほぼ使っていないが、2018年の投稿で一度だけ使っていたので全く意識していないわけでもないようだ。立体的なサウンドにはかなりこだわりがあるようでVRChatワールド「よるとうげ」のパーティクルライブでは、立体的なKikuoのサウンドに360°の迫力ある演出が加わり、Kikuoの魅力を最大限に引き出していた。現在も閲覧可能なのでぜひVRゴーグルをつけて体感してほしい。

合成音声でささやき専用機能が登場したのはわりと最近で、ずんだもんなどを要するVOICEVOX音街ウナを要するVOICEPEAKCeVIOの音楽的同位体に搭載されたのは2022〜2023年だった。このささやき機能はASMRブームと需要が一致したのかずんだもんをメインに合成音声のASMRコンテンツが量産されることになる。

音楽はナースロボ_タイプTがメインで「私の葬式ではあなたのASMRを流してください」や「アシンメトリ」ささやき声を活かした作品が見られた。ニッチなところだと九州そらの「ダダダダンチ」なんてのもあった。


ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ

そんな合成音声のASMRと同じ時期に登場してきたのが「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」である。ボカコレでクオリティの高いネタ曲や音楽のギリギリのラインを攻めた作品で人気を集め、5回連続でボカコレで優勝する記録を残している。音楽の冒頭にあるぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬのアイデンティティ「ついに始まりました。ボカコレです!」がボカコレのガイドラインになぜか引っかかり話題になるなど非常に面白い存在だった。

音楽にはちょくちょく音楽的同位体の可不やVOICEVOXのずんだもんのささやきが使われていたりしたのだが、音楽というよりは会話要素が強かった。しかし徐々に音楽のサウンドとして使われ再世数を伸ばしたのが「モミアゲヲシャカアゲヲ」である。ネタ度の高い内容でありながら気持ちの良いリズム感に仕上がっていて、ずんだもんのささやきは語りとして使われている。

そんなぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬが2024年12月に突然かなり真面目な音楽路線で投稿したのが「みむかゥわナイストライ」だ。

内容はデビルな目をしたメスガキミクがUNOの勝負の最中に(たぶん)榊みむを囁きで煽りちらかしながらも逆転負けするといった感じ。この音楽作品で個人的に評価しているのは、2024年に日本で盛り上がり始めたオタクなASMR文化やDLSiteで年々伸びている音声作品、新しく登場した合成音声のASMRが音楽作品として見事に融合していることだ。

もちろんサウンドも良くて、高度な初音ミクのささやき、メスガキミクのかわいさと反するシンプルながらもカッコイイサウンドながらも一体感があって好き。そういったサウンドの良さもあってか英語圏の桑畑ジャステンによるカッコよすぎるオスガキCoverが生まれたり、ASMRtistとして古株のまこと。や同人音声作品のメスガキボイスとして名高い山田じぇみ子、様々なASMRVTuberから歌ってみたが投稿されたのはそういったもろもろの流れがありバズるべくしてバズったのだ。

このように他の音楽ジャンルと比べるとASMR音楽は認識もされないぐらいに作品が少ないが、それでも確実に再生数はでていて楽しくなってきている。今後もこれとはまた違ったスタイルの”音”が生まれてくるのか”楽”しみである。

今回文脈的に紹介しきれなかった音楽を集めたプレイリスト
※もっといろんな音楽があると思うので知ってたら教えて




すごくどうでもいいオチ

よくASMRの耳舐めで、舐めているのは美少女なのかおじさんなのか問題が浮上したり、実際にそういった事件が起きたことがあるのだが、THEeの「バーレスク・ダンサー」は全力で皮肉ったスタートになっていて面白いです!



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