vol.54 プロジェクトを共に"育てる"設計者を、編む
設計チーム新入社員が編む!事業系プロジェクトの裏側
「物件から、物語へ」ーでも、どうやって?
みなさん、初めまして。
今年の4月からブルースタジオに入社しました、設計チームの大月と申します。
ブルースタジオが掲げる「物件から物語へ」というスタンス。一つの物件をみんなの「物語」として再編集していくことをとおして、物件が物語としてまちに広がっていく…その姿勢に憧れて、自分もそんなプロジェクトに関わってみたい、という思いから入社しました。
入社してから、さまざまなプロジェクトを見学し、「物件から物語へ」が実現している様子を目にしてきました。特に企業や自治体、地域住民の方々など、様々な人々を巻き込んで実現したプロジェクトを見学すると、「こんな大きなビジョンを、いろんな考えの人がいる中で、一体どうやって実現まで持っていったのだろう?」ということが気になってきます。
現在ブルースタジオでは、「個人邸」と「事業系」の二つの設計チームがあります。今まで「編む」の記事では、個人邸のプロジェクトについては、「vol.32 “ならでは”の「物件探し」と「暮らしづくり」を、編む」でクライアントと設計者が理想の暮らしを作り上げる過程を紹介してきました。では、たくさんの人々が関わる事業系のプロジェクトは、どんなふうに「理想を形に」していくのでしょうか。
ベテラン設計スタッフにインタビュー!
というわけで、今回の編むブルースタジオvol.54では、事業系設計チーム新入社員の私、大月が、ベテラン設計スタッフの方々にお話を伺い、「事業系プロジェクトがどのように走り出し、実現に至るのか?」について、設計スタッフの視点から深掘りしたいと思います。
多くの関係者が一つのものを作り上げる事業系のプロジェクト。「物語を描いて、形にするまで」を、どんなスタッフが、どのようにつくっているのかを、ご覧いただけますと幸いです。
"育む"マネージャーがつくる設計チーム
ブルースタジオの設計チーム
現在、ブルースタジオの設計は20名強のスタッフが在籍し、4つのチームに編成されています。そして、それぞれのチームに数名の設計スタッフが所属し、各チームをゼネラル・マネージャー(GM)が統括しています。
今回お話を伺ったのは、事業系設計チームGMの吉川さんと、藥師寺さん。お二人ともブルースタジオのさまざまなプロジェクトに十数年携わってきた、設計チームのベテランスタッフです!
"育てる"キャラクターの二人
吉川さんは19年、藥師寺さんは17年、ブルースタジオ設計チームとして長年活躍しています。お二人とも、マンションの一室のリノベーションから、まちづくりの大きなプロジェクトまで、あらゆる規模の案件に携わってきました。
お二人の印象を周りのスタッフに聞いてみると、「話しやすい空気感で、クライアントさんとの距離感が絶妙!」とのこと。吉川さん、藥師寺さんは共に、クライアントと二人三脚でプロジェクトを"育てて"いくタイプの設計者であるような気がします。
そんなお二人は、現在絶賛子育て中のパパでもあります。お子さんが生まれた年も同じ。二人で一緒に担当した「AURA243 多摩平の森」がちょうど竣工した頃でした。スタッフブログでも、パパとしての姿を時折垣間見ることができます。
「設計者」として、設計チームの「マネージャー」として、私生活では「パパ」として、関わるたくさんのプロジェクトや人々に寄り添う、吉川さんと藥師寺さん。そんなお二人に、特に思い出深いプロジェクトについて伺ってみると、「プロジェクトを二人三脚で共に育てていく」という設計者のスタンスが見えてきました。
クライアントと二人三脚!ー事業系プロジェクトの裏側「ホシノタニ団地」ができるまで
相談からスタートするプロジェクト
大月:お二人は今まで、さまざまなプロジェクトを担当してこられました。事業系の規模の大きなプロジェクトって、どんなふうに始まって、どんなふうに育っていくのか、あまり想像がつかないんですけど、個人住宅の設計との違いはどこにあると思いますか?
吉川:個人邸の設計は、どんなデザインにしたいか、といった具体的なオーダーから始まることも多いですが、事業系のプロジェクトは、クライアントが企業などの事業者であることが多く、そもそも所有する建物や土地をどうしたらいいか、という相談から始まることが多いです。例えばホシノタニ団地も、クライアントからの「使わなくなった社宅を、どうしましょう?」という相談からスタートしました。だから基本計画が完成するまで、2年くらいかかっているんですよね。
藥師寺:ホシノタニ団地は、基本計画ができるまでが一番長いプロジェクトでしたね。当初は「こういう風にしたい!」というオーダーもまだ無くて。まず社宅があります、でも建物は使われなくなって、どうしようもないからどうにかできない?という風に始まりました。僕らはちょうど「AURA243 多摩平の森」での団地リノベーションを経験したところだったので、「改修はどうですか?」と提案しました。ただ、大きな敷地に、長い間社宅を繰り返し建ててきたような土地だったので、道路条件などもかなり複雑な状態でした。だから、市の土木事務所への協議から始まりました。そもそも開発するとなると6mの道路を作らなきゃいけない、そうなると何千万、何億もかかってしまう…じゃあ無理だね。…という空気になるのを、吉川さんを中心になんとか可能性を見つけて、計画していく。だから2年くらいかかりました。根性ないとできませんね。
「一緒にやりましょう」というスタンス
大月:ホシノタニ団地のような大きな事業系のプロジェクトは、クライアントの他にも、行政の方など、いろいろな登場人物が出てくると思います。いろんな考えの人がいる中で計画を作っていく時、どんなことを大事にしていますか?
藥師寺:事業系クライアントの方は、「好きにデザイン、設計してください」って来ることはあまり無くて。ただ「困ってるんです」って来る人が多いです。「この物件、どうすればいいですかね?」って。なので僕らも、ただ良いデザインを作るだけではなくて、プロジェクトの中身の部分も含め「一緒にやりましょう」というスタンスでいます。まずは現場を一緒に見に行って、夢を描いていくでしょう。事業系の場合は特に、そのあとが大変なんですよね。描いた夢は、どうやったら実現できるんだろう?という段階があって、実現のために色々な人を説得していかなければならない。
吉川:個人邸のプロジェクトでは、個人オーナーとのやりとりになりますが、事業系の場合、設計者の僕らと実際にやり取りする人はクライアント企業の「担当者」という形で現れます。ただ、決定者は担当者ではなく、組織のもっと上の人たち。社長や上の人たちと設計者が話すのは、最終プレゼンなどで一回あるかないかです。それまでは担当者が上に説得しなくてはならない。
だから、そこまで持っていくために、担当者と作り上げた企画を、いかに共感してもらえるかが大事ですね。会社全体でやってみよう!と思ってもらえるよう、担当者を後押しするように心がけています。
僕ら設計者は、担当者が上を説得しやすいような材料を「一緒に」作りあげるスタンスで進めています。デザイナーとして、設計やデザインを全部こちらで用意すると、担当者と上の人たちとのやりとりは、ただの伝言ゲームになってしまう。デザインのことだけじゃダメで、不動産のことや、収支のこと…いろんな言葉を使って、言葉や資料を一緒に作っていきます。担当者を後押しする姿勢というのは、僕らが気をつけなくてはならないことだと思います。
「前例のないこと」を通してクライアントと共に変わっていく
大月:多くの人や組織が関わるからこそ、担当者の方と「一緒に」企画を作ることが大切なのですね。それは設計の段階に入っていくときも同じでしょうか。ホシノタニ団地の設計は、ほとんど前例がないような計画や設計になっていますよね。新しいことを提案して、まとめていく段階ではどんなことが大切ですか?
吉川:実際の設計の段階に入っても、色々な人に「共感してもらう」というのが大変です。例えばホシノタニの間取りは少し変わっていて、玄関の土間を通ってトイレに行くプランがあったりします。その方が残りの空間をかなり広く使えるんですね。ただ、大きい企業の方は特に、前例のないようなプランは最初は懸念されます。ホシノタニ団地ではクライアント企業の不動産部にも話す必要があり、最初は「玄関の土間を通ってトイレ行くなんて…」という反応でした。賃料を相場の1.2倍くらいにする計画だったので、そこに住もうという人は、きっといろんな物件を見てきているような人たちです。だからよくあるような「かしこまったプラン」ではなくて、「団地でこんなに素敵に、広くつかえるんだ!」って思ってもらえるプランでなければ、と担当者と一緒に説得し続けました。最終的にその案は通って、住む人もこの間取りを気に入ってくれて。クライアント企業も新しいことができてよかった、という風になっていきました。
大月:ホシノタニ団地はまちに開いた共用部の使い方も、前例のない計画ですよね。
吉川:社宅っていうと、普通は「関係者以外立ち入り禁止!」ってなるでしょう。それが当たり前だったから、ホシノタニのように中で菜園作って、まちの人は勝手に入ってくるし、買い物帰りの人その辺で座ってるし…という風景は、最初は誰も想像がつかないんですよね。最初に提案したときは、上層部の人は、境界を撤去するなんてあり得ない、という感じでした。不審者が入ったりして何かあったら困る、と。細かいところだと照明の照度が暗すぎるんじゃないか、とか…。その全てを、クライアント企業の全体で共感してもらえるよう、担当者の人が納得して自分の言葉で話せるように後押しします。メリット、デメリットを話して、その上で大丈夫です、問題ないですよって言えるように。そういう点でもホシノタニは思い入れのあるプロジェクトですね。「やったことない」という声を粘り強く説得し続けて、共感の輪が広がっていくと段々クライアントも変わっていくし、その結果まちも変わっていく。プロジェクトをコツコツ実現していく過程で、全部がいい方に変わっていきました。
「その後が続く」物件
大月:設計スタッフと、担当者の方が二人三脚で走っていくからこそ、物語を形として実現することができるのですね。多くの人が関わる中で、共感の輪を広げて「仲間」が増えていくから、建物が出来上がったあとも最初に描いた夢が、物語としていろいろな人に伝わっていくのだな、と思いました。
藥師寺:ホシノタニはリノベーションが完了した後も、プロモーションや、地域イベント「ホシノタニマーケット」のコーディネートで関わり続けています。ブルースタジオでは設計をやって終わり、という物件は少なくて、その後が続く物件が多いですね。使い方が変わっていった先で、再びリノベーションの工事をやったり。企業の担当者と二人三脚でやっているからこそ、設計が終わっても関係が続いているというのはありますね。
「物語を、形へ」
プロジェクトを二人三脚で共に育てていく設計者
土地や建物の相談、という形で始まることが多い事業系のプロジェクト。多くの人が関わる中で、描いた物語を実現まで持っていくことは、想像以上に長く、大変な道のりです。吉川さん、藥師寺さんの語りから、クライアント企業の担当者の方々と共に、プロジェクトを二人三脚で共に育てていく設計者の哲学を感じました。ブルースタジオの「物件から物語へ」の裏側にいる、「物語を形へ」つなぐ設計者。そんな設計チームの一員として、これからもプロジェクトを育てていきたいと思います。